最近どこを見渡しても
ゆとり教育が主流になったことの影響か
漫画の絵のタッチにしても
音楽の歌い方や曲調にしても
本の内容の書き方にしても
とってもゆる~いものが流行っていると感じる
誰もがきっと「教育」というものは
かなりの影響力があって、
「教育」というもので、人も環境も大きく変わっていくものなんだろう~と思っている人も多いのでは
ないだろうか。
でも学園に入って、現場を見て思ったことは
例えいい教育を受けたとしても、悪いことするやつはする!ってこと。
いい教育を受けてきたから「いい人間」であるとは限らないってこと。
本当にいい教育を受けてきた人が素晴らしい人間だったら
きっと学園生全員が世界のヒーローになるぐらいになってもおかしくないと思う。
本当に学園ほど素晴らしい「人間教育」に力を入れている機関はないと思う。
創価学会だって、日々民衆のために慈善活動している素晴らしい団体ともいえる。
でも一人ひとりに焦点を当てた時に、
その素晴らしい教育機関や、団体に属しているからといって
素晴らしい人とは言えないということ。
私は学園だけではなく
学会の組織の人にだってたくさん傷つけられてきた。
心無い言葉
心無い振る舞い
心無い指導
純粋に、学会員さんであれば、絶対に心があって理解してくれる人たちなんだって
信じ切っていた当時の私にとっては本当に毎日涙を流すほど、つらく感じた。
でも今思えば、私が勝手に「学会の人=いい人」と思い込んでいたこと自体が間違っていた。
それと同時に大切なことを学ばされた。
それは、
相手をしっかり見抜く(見極める)目をこちら側がしっかりと養わなければならないことが非常に重要だってこと。
世の中にでても
いい顔をしながら、人を平気でだましたり、おどしたりする
悪い奴らがいっぱいた。
逆に、無宗教だとしても、
自分を信じ、自分の哲学をしっかりもって、世のため人のために
頑張っている人もたくさんいるのを見てきた。
だから見た目に惑わされてはいけない。
あくまでその人の心がどうか。
絶対に人格がある人は
普段の言葉や振る舞いなど、ささいなことでも「真心」が伝わるものがある。
そして、安心感を与えてくれる。
その人といると、希望もわくし、頑張ろうとおもえる。
でも人格のない人は、
何気ないところで謙虚さに欠けていたり、人を褒めるどころか悪く言ったり
どこか不安を感じさせるものがある。
やっぱり人間の怖いところは
ちょっと頭が良かったり、お金があったり、人よりも自分のほうが優れているという優越感を感じると
どうしても傲慢になりやすい。
いくら人間はいい教育を受けたとしても
環境によって移り変わる「感情」までは、誰も支配することはできず
あくまで本人の心の問題であるということが、今身に染みてわかる。
それでも日々いい行いをして少しでも素晴らしい人格者になろうと
努力できている人はまだいいけれど
それを裏目に平気で悪いことをしたり、人を傷つけられる人もいることに
胸を痛めていることも事実である。
「教育」や「宗教」
それらはどこまで人間に影響を与えていけるものなのだろうか・・・
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