いまや最大の中国脅威論となったデジタル人民元~新たな通貨覇権戦争が開始された~ | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

これまで世界の政治経済、軍事を動かしてきた戦略分野や物資といえば、かつては食料や金、石油といった一次産品であり、近年では金融であったが、今やそれは電子データになった。電子データこそが21世紀の最大の付加価値の源泉であり、これを国家主導で縦横に活用できる14億人の大国が、新たな国際秩序形成で世界の主導権を握ろうとしている。
中国がこれから建設しようとしているのは、情報技術をフル活用した恐るべき経済システムである。最近ようやくデジタル人民元やCBDC(Central Bank Digital Currency)が日本の報道でも取り上げられるようになったが、デジタル通貨が経済社会に与えるインパクトへの各界の認識は未だにお粗末なレベルにとどまっている。菅政権肝煎りのデジタル庁がどこまで未来社会を先取りできるかで、日本の命運が決まるかもしれない。

(以下、本稿はRenaissance誌2021年2月号に筆者が寄稿し、掲載された記事に、筆者が一部加筆し、関連する図を加えたものです。同誌については、本稿の最後にご紹介しております。)

●全体主義体制の圧倒的な強さと新たな経済システム
かつて流行ったのは中国崩壊論。特に保守系の人々には希望的観測に酔い痴れる傾向が強いようだ。もし中国を敵とみなすのであれば、敵の実態を知ることが戦略の基本である。少なくとも「崩壊」は未だ起きておらず、むしろ崩壊とは程遠い現実が中国にはある。

確かに、現在は米中摩擦が中国経済を苦しめており、米国などが半導体を遮断することで当面は中国の情報産業ビジネスは不調になるかもしれない。しかし、それは逆に、中国をして他国に依存しない技術基盤を確立させる危険が十分にある。自由競争も個人情報保護も関係のない集権体制が手中にするデータエコノミーには、個人情報と市場競争を旨とする自由主義圏にとっては勝負にならない怖さがある。ポンペオ国務長官が演説で、敵は中国という国でも中国人でもなく、中国共産党そのものだとしたのは当然のことだった。

国防権限法のもと、米国が次々と繰り出す技術の米中分断に向けた数々の強硬措置は、この中国の体制のもとでは軍事、経済の両面で米国は勝てないとの危機感の裏返しにもみえる。「中国製造2025」で目指されたのはハイテク軍事大国。中国は15年に、従来の武力中心の軍事増強路線をハイテクの知財中心のそれへと切り替えた。戦争はSilent Invasionの形をとり、中国は先進各国から先端技術を盗取する動きを強めることになった。菅政権が中国との交流に積極的な日本学術会議に神経をとがらせたのも当然であろう。
 
ITの専門家で中国通の某大手コンサル会社の元社長が述べたところによると、「中国のデジタル監視社会は完璧。IDカードがないと生きていけず、自分の住まいにすら入れないし、どこに行ったかもわかる。国民は顔認証でも大喜び。俺の顔が出た…と。データベースに自分のデータを喜んで入れている。もともとプライバシーがない。個人情報を使ってくれよ、となる。」少なくとも一般庶民の場合、監視社会のおかげで犯罪も暴動も減ったとして習近平を評価する国民が多いと、中国の知人からも聞いたことがある。

その元社長によると、「党の組織をどの会社も大喜びで社内に作る。政府が良いことをしてくれるからだ。習近平は、民間企業の利益が国家の利益につながるなら何をしてもよい、税金を払ってくれれば…と。その代わり、国家がこういう技術を知りたいとき、情報をください、あなたが知りたいなら、他の企業の情報をあげます…と。国家が媒体になって、全中国の企業を束ねて、情報共有をしている。」
 
5Gで本格化するIoT(モノのインターネット)は、こうした中国の強さを増幅するであろう。中国にある数百万の工場と数十億の機器を全て繋ぎ、国営企業も何もかも全ての情報をシェアし、これも中国が得意なAI(人工知能)を駆使して国家単位で最適化する。必要な技術がどの工場にあるか、全てがわかってしまう。中国共産党は全てのノウハウを共有して一つのプールにすることで新しい経済を建設する。これは生産者単位ではなく、国家社会全体で国力を上げていく、経済システムそのものの革命といえるかもしれない。このようなお化けのような巨大システムに我々は向き合わねばならないのである。給付金を配るのに何か月もかかるような経済体制では、とても対抗できないだろう。

●「中国包囲網」は成功するのか?
日本が米国とともに進めるインド太平洋構想を「中国包囲網」と称するべきかどうか議論は分かれるが、戦略家として世界的に著名なルトワック氏は、米国は中国との対立の最前線には立っておらず、現在進行しているのは、「米国主導の海洋同盟と中国との戦い」であるとしている。その背景として同氏は、豪州、フィリピン、ベトナムやインドなどの国々と中国との対立を指摘し、香港問題も同じであるとした上で、こうした対立は習近平の極端な政策により中国自らが自然に発生させたものであって、中国よりも人口や経済規模の大きな海洋同盟の形成を促した中国は、大局的な戦略が下手であるとまで述べている。


確かに、香港に対する国家安全維持法は自由主義諸国からの激しい非難や欧州の中国離れだけでなく、習近平の愚かさを見下す論調まで生んでいる。現実問題として、こと通貨や金融に関していえば、中国が国際金融とつながる(人民元とドルとの交換が可能な)ほとんど唯一の窓口である香港を潰せば、米ドルに依存して成長してきた中国経済が立ち行かなくなるはずだ。習近平は選択を間違えたのか…。ただ、これもそう単純な事象ではない。

これまで中国は、米ドル基軸通貨体制にどっぷりと組み込まれていた。米国などから稼ぐ貿易黒字や海外からの直接投資で流入した米ドルを人民銀行に集中し、国内外からの信用が薄い人民元を米ドル資産をバックに発行することで、中国経済は成長してきた。トランプが対中貿易赤字の削減に狙いを定めたのも、まさにこの点にある。不公正取引を是正し、低賃金でのダンピング輸出を可能にしているウイグル人などへの人権弾圧を批判し、中国の貿易黒字を減らすことで、経済成長だけでなく軍事増強にも流れる米ドルを減らす。

現に中国は、ドル建て債務の返済に窮するようになっている。米国が制裁措置で香港での米ドルリンクを断てば、中国は通貨面から行き詰まることになり、いよいよ崩壊か…。

この見方が希望的観測に過ぎないことを示すのがデジタル人民元の動きだ。22年の冬季五輪までの実用化を中国は宣言しているが、右のような通貨戦争を前に、導入の動きを加速化させている。恐らく、今年2021年内にも、現実に導入されてしまうのではないか。

そもそも信用のない人民元をデジタル化したところで同じこと、との声もよく聞かれるが、これは情報技術に無知な人による楽観論といえよう。

米ドル基軸通貨体制からの脱却は、中国の長年にわたる悲願だ。リーマンショック後に、中国の当局者から、そのための米国債の大量売却について筆者が意見を求められたことは今でも忘れない。現在、中国が進めているのは、米ドルに依存しない独自の国際的な通貨基盤の構築なのである。それは自由主義圏をも包摂する世界的な基盤になるかもしれない。

●デジタル人民元の導入はカウントダウン状態に
以前から中国は、国際的なドル決済システム「SWIFT」(国際銀行間通信協会)から追い出される可能性を考え、ドルの貿易決済から人民元の貿易決済へのシフトを進めてきた。15年には人民元の国際決済システムであるCIPS(Cross-Border Interbank Payment System:国際銀行間決済システム)を作り、現在、世界で1,000を超えるとも言われる数の銀行が加入、日本のメガバンクも参加している。中国政府は中国の銀行に「ドル決済システムを使わず、CIPSを使え」と指令し、まだ規模こそ小さいが、主に「一帯一路」に関係する国との間で使われているようだ。

18年3月には上海に人民元取引での原油先物市場が設けられたが、これは原油ドル決済を基本とする国際秩序に真っ向から対抗するものだ。20年にはドル利用をしないよう銀行に指令が出されたとの情報もある。中国の貿易額は世界トップであるため、米ドル基軸通貨体制に揺らぎが起こるかもしれない。米ドルそのものにおいても、米ドルと等価交換でペッグする仮想通貨のテザーへと、ドル決済のシフトが生じているとの指摘もある。

そしてデジタル人民元については、中国人民銀行は既に14年から綿密に準備を進め、ブロックチェーンの特許も大量に取得してきた。20年1月には基本設計を完了、4月にはアプリやウォレットの整備開発も終え、5月には深圳など4大都市で試験運用が開始、デジタル人民元での給与支給や用途限定CBDCの運用などが行われている。

さらに8月には、中国共産党商務部がデジタル人民元パイロット事業エリアを拡大し、より広範囲でのデジタル人民元の本格的普及を積極的に推進することを発表した。事業エリアは、北京~長江デルタ~広東・香港・マカオベイエリアなどに及び、その人口は5憶人以上、中国銀行など四大メガバンクも試験運用に参加するとされた。10月に深圳で行われたデジタル人民元の大規模実験では、市民の買い物決済として4・8万人が1人200元(約3100円)で計876万4000元(約1・4億円)の決済が行われた。

●中国は通貨の概念を変えて世界最大のプラットフォーマーに
重要なのは、デジタル人民元の仕様だ。その特性はカスタムメイド。スマートコントラクトで人間や使途を限定することが可能である。例えば、特定の人物に対して特定のモノやサービスを購入できないようにすることもできる。全ての硬貨・紙幣を廃止し、デジタル人民元に集中させて個人データを収集し、国民監視のツールに使うとされている。

想定されているのは、スマホどうしを近づけるだけで受け渡しする仕組みであり、紙幣や硬貨を手渡しする感覚でのやり取りになるようだ。この機能の開発はすでに完了し、    インターネット決済の実験へと進むようである。人民銀行は法定通貨の人民元にデジタル通貨を加える法制度を固め、民間による仮想通貨の発行を禁じる規定も盛り込まれる。

デジタル人民元は発行元に集まる精度の高いビッグデータを解析して活用する仕組みの構築につながるため、それ自体が新たな付加価値を生む。GAFAのビジネスモデルをみれば分かる通りであり、これが資産となって、それをバックにデジタル人民元が発行されることで、人民元の信用力の問題を克服するという設計が想定されている。

デジタル人民元として発行されるCBDCは、上記のような国内仕様(監視ツール)と、もう一つの国際仕様から成り、後者は国内では使用者が限定され、新たな世界基軸デジタル通貨になるとも予想されている。前述のCIPSにデジタル人民元を導入すれば、いずれ一帯一路を中心に各国に普及するだろう。デジタル人民元の世界戦略とは、中国が従来の国という概念を超えた世界最大の巨大なプラットフォーマー企業になること。いずれ、中国が「デジタル円」や「デジタルユーロ」を発行する事態も予想されている。


貿易赤字を出し続けなければ基軸通貨の地位を維持できない米国としても、一国主義への誘惑に勝てずに、この流れを本気で反転させようとしない日が来ないとも限らない。日本がデジタル人民元で決済した中東産原油を中国が実効支配する南シナ海を経由して輸入する時代を迎えるのは、決して非現実的な予想ではない。

●CBDCで遅れをとる自由主義圏当局の焦り
昨年からのリブラの動きもあり、自由主義圏の中央銀行も、お尻に火がついている。考えてみれば、既存の国際通貨システムは、送金ひとつとっても、時間はかかるし手数料は高い。デジタル通貨であれば、例えばアフリカから欧州に出稼ぎに来ている労働者からの国境を越えた郷里の家族への1ドル相当の送金でも瞬時に可能だ。その高い利便性は、各国の当局にとってはアンコントローラブルな通貨圏を拡大することになる、手をこまぬいているわけにはいかないということで、中央銀行自らCBDCの研究を本格化させている。

20年1月には欧州中央銀行(ECB)や日銀など6つの中央銀行とBIS(国際決済銀行)が研究グループをつくり、基軸通貨国として当初は保守的だった米国のFRBも途中から参画、20年10月に「CBDC報告書」をとりまとめた。

ここで示された原則は、CBDCは、従来の政策や通貨の秩序を乱さず、現金や他のタイプの通貨とも、民間による取り組みとも共存する形で発行されるべきだというものであり、各国の中央銀行はこの共通理解をもとに実証実験に入ることになった。この中で日銀は、CBDCの発行計画そのものはないとしつつ、21年からの実証実験の実施を表明している。デジタル円に熱心な自民党も所要の法改正(日銀法)を提起しているが、中国のように民間の事業者や消費者が参加する「パイロット実験」は、まだ先のことになりそうだ。

既に各国当局間では、19年7月のG7財務相・中央銀行総裁会議で、リブラに対する規制の必要性とともに、ユーザーに顔を向けていない既存の国際決済システム自体についての反省と改革の必要性を合意していた。そして、デジタル人民元の予想を上回るテンポでの進展を踏まえ、20年10月の同G7で声明が出されたが、そこでは、リブラであれデジタル人民元であれ、自分たちの準備が整わない限り、導入は許さないという趣旨のメッセージが発せられている。まさに新たな世界通貨戦争が起こっているといえるだろう。

●デジタル通貨が生み出すのは中国が主宰する世界秩序なのか
しかし、貿易の最大の依存先が中国である国々は多く、中国から新興国、途上国向け融資なども人民元建てが多い。これがいずれ、既存の仕組みよりも送金や決済の利便性がはるかに高く、しかも米ドルを介することに伴うコストも不要なデジタル通貨が人民元建てで誕生すれば、一挙にこれに置き換わる可能性がある。こうしてデジタル人民元が国際間決済で使われれば、中国がCBDCの国際標準を握る恐れがある。既に中国は関連特許を数多く申請中だ。このままでは中国が技術や制度設計で世界をリードすることになろう。

世界の目が米大統領選に注がれていた20年11月頃、その間隙を縫うように、中国は世界覇権に向けた歩を着々と進めていた。11月初め、習近平は「デジタル元年」やデジタル通貨を宣言する談話を発表したが、そこで注意すべきは、世界共通のものを皆さんと話し合っていくとしていることである。中国独自ではなく、世界のプラットフォームを中国が取っていく意思を表明したものといえよう。これは、将来、例えば「デジタルユーロ」も中国の技術基盤を使うことになることを意味している。

その後、11月には、RCEP(地域的な包括的経済連携協定)の合意、APEC首脳会議での習近平によるTPP(環太平洋経済連携)参加意欲の表明と、イベントが続いたが、これらはアジア環太平洋の各国の中国への経済的な依存を強めさせ、この地域で米国抜きでの秩序形成を狙うものといえる。TPPについては、自由化やルールのレベルが高く、中国の参加は現実には困難だが、デジタル人民元との関係で注視すべきはRCEPである。インドこそ抜けているものの、RCEP15か国(日中韓+東南アジア10か国+豪NZ)の中では中国の貿易が最も大きく、その中で貿易のハードルが下がるのは中国に最も裨益する。しかも、超大国としてその中核にいられる。

ここで重要なのは、RCEPの中で形成される通貨圏の問題だ。現在の米ドルSWIFT決済が主流の中では、いきなりデジタル人民元というわけにはいかず、そのための決済ネットワークがなければならない。RCEPの形成で、今後、東南アジアなど参加国の決済がCIPSへと移行していく可能性がある。次に来るのが、CIPSのデジタル化だ。

日本では「所詮、信用のない人民元はデジタル化しても変わらない」との甘い見通しが主流であるが、これは少なくとも「RCEP+CIPS+デジタル人民元」の3つの全ての組み合わせでみていくべき問題なのである。さらに、シンガポールでの人民元によるインターネット銀行の認可の動きがこれに加わる。外国でもオンライン銀行が人民元で可能になり、そこが決済手段としてRCEP内でCIPSを利用する。

こうなると、4層の組み合わせになる。デジタル人民元の真の脅威は、プラットフォームとしての組み合わせにこそ存在する。各国でいずれCBDCが誕生しても、その基盤になるのは中国かもしれない。経済システムを根底から規定するのは通貨である。世界は中国共産党が主宰する国際秩序の形成へと向かうのだろうか。

もはやデジタル人民元こそが中国脅威論の中でも最大の脅威となっている。2022年の北京冬季五輪という中国の国威発揚のイベント開催に向けて、今年2021年は、中国が以上の動きを加速させる年になるという視点から、その動向を注視すべきだろう。

デジタル人民元が国民監視の手段だとすれば、わが日本においては、国民の福祉や利便性を向上させる手段として、マイナンバーと結びつくデジタル円を、日銀ではなく政府が発行することで、Silent Invasionから国民の情報と国の通貨主権を守り、財政や金融政策の問題をも一挙に解決するとともに、世界に冠たる付加価値の高いデジタル通貨基盤を構築しようとするのが「松田プラン」である。本プランについては別の機会に論じてみたい。

◆寄稿記事
Renaissance(ルネサンス)誌vol.6 「2021年のキーマン」へ寄稿
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松田学「新・中国脅威論『デジタル人民元』--新たな通貨覇権戦争の幕開け」