![1](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/22/5a/j/t02200165_0800060013011077766.jpg?caw=800)
「次世代の党6月17日の全体会議」
この日はその後、自主憲法研究会。今回は、日本政策研究センター代表の伊藤哲夫氏を講師に呼んで、「大日本帝国憲法の成立過程について」をテーマに開催しました。この明治憲法の根本にあったのは国家でした。まさに「国家を興起する」。当時は民権派すら、国権を重んじていました。「国家の永久」、日本国の「機軸」という考え方がそこにはありました。明治憲法は皇室を機軸と位置付けましたが、それは決して専制ではなかったのが日本の特徴です。天皇陛下は民の心を知る存在であり、そして民のためになんとかしたいと思召す存在であり続けてきました。「エンペラー」が命令する存在だとすれば、天皇陛下は民と一体化する存在。しかも、明治の日本には議会制民主主義の理念が存在しました。五箇条のご誓文(明治天皇が示した明治政府の基本方針)の第一条は「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」でした。
![2](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/94/e8/j/t02200124_0800045013011077764.jpg?caw=800)
「自主憲法研究会、山田宏・共同代表挨拶」
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「松田まなぶの左側は和田政宗・みんなの党参議院議員、右側は江口克彦・参議院議員」
![4](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/c9/ae/j/t02200124_0800045013011077765.jpg?caw=800)
「左より、松沢成文共同代表・みんなの党参議院議員、講師の伊藤哲夫氏、山田宏共同代表・次世代の党暫定幹事長、平沼赳夫顧問・次世代の党暫定党首」
この日は横浜市のロイヤルホールで米津塾の恒例の暑気払い懇親会を兼ねた会が開催される日でしたので、私は自主憲法研究会を途中で抜け出して駆けつけました。途中から聴くことになった米津暁男・塾長の講話が、今回は日本の哲学の源流のお話でしたので、その後、挨拶に立った私からは、いま議論をしている自主憲法も、日本の原点を踏まえたものにしたい旨を申し上げることになりました。
まず、上述の自主憲法研究会で出された大日本国憲法の基本的な考え方を引用し、それが国家を重んじ、その機軸に民とともにある天皇制を位置づける一方で、議会制民主主義の精神は明治においても日本に根付いていたことに触れた上で、これに加えるべき点として、聖徳太子の17条の憲法も、「和を以て貴しと為す」としていることに言及し、やはり、こうした日本の国柄を表す自主憲法をこそ制定すべきであることを述べさせていただきました。そして、次世代の党が決して右翼政党などではなく、財政や社会保障はじめ、日本の根本問題に向き合う政党であるという意味で、本来、次世代のための営為であるべき政治の原点を日本の政界に打ち立てる政党であることを強調させていただいた次第です。
いつもナマの音楽が入る米津塾の懇親会では、多くの方々と親交を深めましたが、ウィーン国立音大声楽科を大学院まで卒業した私の長女が、突然の指名で無伴奏でオペラの一説を披露することに。
多くの方とお話をすればするほど、次世代の党への期待に確かな手ごたえを感じます。
![5](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/70/ea/j/t02200165_0800060013011077768.jpg?caw=800)
「米津塾長」
![6](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/62/04/j/t02200293_0800106713011077986.jpg?caw=800)
「私よりご挨拶」
![7](https://stat.ameba.jp/user_images/20140722/20/matsuda-manabu/a0/59/j/t02200157_0800057213011077987.jpg?caw=800)
「今回はハワイアンバンドでした」