消費税問題を考える-その2-消費税増税は本当に景気にマイナスなのか-前編- | 松田学オフィシャルブログ Powered by Ameba

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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。

二.消費税増税は本当に景気にマイナスなのか-前編-

●経済成長と消費税率引上げの関係を巡る誤解

 「こんなデフレ不況の状態で消費税率を引き上げれば、景気はますます悪化し、その結果、税収も減り、財政はもっと悪くなる。まずは、経済成長を高めることが優先であり、財政再建はそれによる税収増で達成される。少なくとも、景気がもっと良いときでなければ消費税率は上げられない。」

この主張には、妙に説得力があります。消費税率引上げが景気を悪化させた事例として、よく出されるのが97年4月に消費税率を3%から5%へと2%引き上げたときの事例です。

消費税率引上げ反対派は、日本の実質経済成長率の推移を挙げます。それは96年度の2.7%から、消費税率を引き上げた97年度には0.1%に、そして98年度には▲1.5%とマイナス成長になり、日本経済は深刻な「平成不況」に陥りました。しかし、その原因を消費税率引上げに求める議論ほどアバウトな議論はないと思います。というより、かなり大きな間違いを犯しています。

当時の実質GDPの推移について四半期の動きをみると、実質GDPの季節調整済前期比は、97年1-3月期は消費税率引上げを前にした駆け込み需要で高い伸びとなり、確かに、直後の4-6月期はその反動でマイナスとなりました。しかし、次の7-9月期は、当時のアジア通貨危機の影響が出始めていた中で、日本の実質GDPの前期比は、消費や設備投資など内需の伸びを中心に巡航速度の高い成長率を取り戻しており、この時点で消費税率引上げの影響はすでに飲み込まれていました。経済指標が軒並み悪化したのは、9711月頃からの数字です。このときに生じていた事態は何だったか。それは、三洋証券、山一證券、そして北海道拓殖銀行の破綻であり、それを契機に日本は深刻な平成不況に突入していきます。97年度全体でみた低成長と98年度のマイナス成長は、それによるものです。

つまり、当時の平成大不況は、金融が引き起こした「信用の喪失」という性格のものでした。消費税率引上げは、たまたま、その少し前の時期に重なっただけであり、そもそも不況の原因が異なります。2%程度の消費税率アップでそれだけの大不況に陥るなら、付加価値税率が1520%程度の欧州の経済は、何度も破綻していたはずです。もし、国民負担増が何らかの影響を景気に及ぼしていたとすれば、それは97年秋からの社会保険料のアップのほうでしょう。すでに影響が消えていた消費税率アップのほうではありません。

こんな分析も出来ないままに、多くの「エコノミスト」たちまでもが当時の不況を消費税率と関連付けて論じているのは滑稽です。

その後の消費税率引上げのチャンスは、日本経済との関連でいえば、小泉政権末期から安倍政権にかけての時期にありました。このとき、日本経済は「いざなぎ超え」を謳歌する良好な状態にありましたが、小泉政権は「自らの政権の間は消費税を引き上げない」として郵政民営化に注力し、安倍政権では「まずは高い経済成長を実現することが政府の責任」としつつ「財政再建は成長の結果として達成される、成長なくして財政再建なし」との「上げ潮路線」が主流となってしまいました。しかし、日本経済はその後、今度はリーマンショックによる大不況に突入していきます。当然のことながら、税収は大きく減少していきました。

よく考えてほしいのは、政府が責任を持てるのは経済成長率ではないということです。社会主義国ならともかく、自由市場経済にあってマクロ経済の動向は、民間経済主体の動きや国際情勢によって決まるものです。それをコントロールできるという発想それ自体がおこがましいでしょう。日本政府が世界経済の変動にまで責任を持てるというのでしょうか。ましてや、「構造改革」、「官から民へ」、規制緩和、行革の流れで、日本政府は経済に介入できるツールをどんどん失ってきました。

政府が責任を持つべきなのは、「雨の日には傘を貸す」ことです。どれだけの経済変動があっても大丈夫な備えをする。それであれば、政府の努力の範囲内で取れる責任です。高い経済成長への夢を振り撒いて、それを前提にした財政運営を行うのは無責任そのものではないでしょうか。

●経済理論では人は納得しない。

増税と経済成長との関係について、経済理論の側でよく言われるのは、人々が経済合理的に行動すれば、消費は生涯にわたる所得の見通しに依存することになるので、財政赤字が続けば消費者は将来の増税を予想し、その分、消費を減らすことになるという説明です。積極財政をとって国債発行で財政支出を増やしても、将来の増税を予想する国民は消費を増やさないから、財政による景気対策にはそもそも効果はないという主張もあります。財政政策が有効なのは、人々が合理的に行動せず、「錯覚」を持つ場合に限られることになります。

また、将来への不確実性が大きいとき、人々はおカネを使わず、逆に、貨幣を持とうとすることが不況をもたらすという考え方を提起したのがケインズでした。これは「流動性選好」とか「無限の貨幣愛」などという言葉で表される事態です。ケインジアンは、不確実性が大きくて民間が萎縮しているときこそ政府の出番であり、このときには国債を増発してでも政府支出を増やさなければ不況は克服できないと主張したわけです。

ただ、この不確実性の問題を日本の現状に即して論じれば、いま多くの日本人を取り巻く将来不安の中で最も大きいのは社会保障であり、年金や高齢者福祉などが不安定だからこそ老後に備えて人々はおカネを使わない、だから、消費税率の引上げで社会保障を安定させ、財政も安定させる(=将来の増税予想を緩和する)ことが景気にプラスの効果をもたらすという主張のほうが、より説得力があると思います。

 しかしながら、こうした経済学的な説明をいくら重ねてみても、国民は納得しないでしょう。消費者にとって目に見えるのは、消費税で物価が上がり生活が苦しくなるという予想であり、事業者にとって目に見えるのは、このデフレの下では消費税を価格に転嫁するのは現実に困難で、利益を削るしかない、今でも薄い利幅をこれ以上削るのは困難だという現実です。そうした実感を前に、理論による説得は無力です。

●消費税の引上げは景気にとってプラスである。

必要なのは、消費税の引上げがむしろ景気にプラスであることを示す積極的な論理だ。それについて、以下、3点を提示してみたいと思います。

 第一に、「生産性の論理」です。これは多くの企業経営者が賛意を示してくれる説明振りでもあります。消費税率引上げが景気を悪くするとすれば、それは一挙に何%もアップする場合であり、例えば10年間という一定の期間にわたって、消費税率を毎年度1%ずつ引き上げていく方式を採れば、問題の多くは解消します。現に、この方式で付加価値税を引き上げた欧州の大国の事例があります。

この税率アップをどの年度から開始するかを明示すれば、民間の経済主体はそれに適合した行動が採れることになります。消費者側からみれば、将来に向けた消費計画が立てやすくなるわけです。そして、税率アップ前の前倒し消費の経済効果が10年にわたって続くことになります。何%の税率アップがいつ行われるか分からないという不確実性こそが、経済を萎縮させます。毎年度、物価上昇要因が消費税によって組み込まれることは、期待物価上昇率をその分引き上げ、デフレ対策にも資するという面があるでしょう。

他方で、企業など供給者側では、生産性の上昇に向けた明確な目標ができることになります。例えば業界単位で毎年1%以上の生産性上昇運動に取り組むことも考えられると思います。生産性の上昇を賃金に反映させることで毎年1%ずつ賃金が上がれば、消費者側でも消費税率引上げの負担は消滅することになります。

 第二に、「マクロ経済とグローバル金融市場の論理」です。上記の「生産性の論理」は理想論といわれる恐れがありますが、こちらはより現実的です。

 本年の日本経済を展望すれば、恐らく、内需はある程度、堅調に推移すると見込まれます。3・11で東北は巨額の実物資産ストックを失いましたが、それを回復するだけでフロー面での巨額の経済効果がもたらされることになります。本格的な復興予算が11年度第三次補正予算としてようやく成立したのが昨年末に近い時点でした。その効果が本年にはいよいよ本格的に現れてきます。しかし、これによる経済成長の足を引っ張るリスク要因が海外にあります。言うまでもなく、欧州債務危機がもたらすインパクトのことです。

90年代以降の世界経済で、実体経済とはバランスを失して拡大した金融経済がバブルの連鎖を起こし、ついにリーマンショックに至りましたが、それに対する欧米政策当局の対応は金融・財政両面にわたるバランスシートの拡大でした。この間、米ドルの発行残高は、リーマンショック前(08年8月)の約0.8兆ドルから約2.4兆ドル(11年3月)へと3倍にまで膨らみました。欧米先進国が市場に供給したマネーは、思うように国内には回らず、海外にあふれ出し、新興国・途上国のバブルやインフレの要因となったり、資源や食料などに回ってそれらの価格を高騰させたり、あるいは、各国の国債購入に回ることになりました。これは、90年代に不良債権処理に追われた日本が行った量的緩和が日本国内ではなく、米国などに回って世界的な金融バブルの原因の一つになった構図と似ています。

グローバル金融市場にあふれる過剰マネーが、財政規律を欠いたギリシャ国債にも向かっていましたが、同国の09年の政権交代で財政の「粉飾決算」が明らかになったことが同国国債の投げ売りを招き、ギリシャ危機を起こすことになったわけです。行き場を探し、時の思惑で行き場を変える巨額の世界過剰マネーが、金融市場を通じて各国経済を大きく揺さぶる状況をもたらしています。

こうして起こった欧州債務危機の中で、まず大きな影響を受けたのが、巨額の問題国国債を持つ欧州の金融機関です。国債価格の暴落は欧州金融機関の資本を毀損し、自己資本比率の関係から保有資産の投げ売りと融資の圧縮を余儀なくされます。それが国債価格のさらなる暴落(国債金利の急騰)をもたらし、市場金利の上昇と貸し渋り、貸し剥しが、実態経済に深刻な影響を与えることになります。欧州金融機関はマネーバブルの中で新興国・途上国に貸し込んできましたが、最初に削られるのは、これらの国々に向けた債権です。それがアジアなどの景気を冷やし、日本の輸出を減らすことにつながります。昨年、日本は80年以来20年ぶりの貿易赤字に陥りましたが、その背景の一つにこのことがあります。

また、欧州債務危機による資産価格の過度な変動は、グローバル投資家のマインドを萎縮させ、投資家がリスクをとろうとしない「リスク・オフ」の状態をもたらします。その結果、世界の中の安全資産として円とスイスフランにマネーが向かったことが円高をもたらし、マクロ経済がようやく震災前の状態へと立ち直った日本経済を円高が襲うことになりました。

●引き上げないと景気はもっと悪化する…国際市場は甘くない。

ここで指摘しておきたいのは、「国債残高の90%以上が国内で保有されている日本はギリシャとは異なる」と多くの人々が信じているのは、間違いだということです。国内で国債が保有されているからこそ、財政破綻は日本人にとって重大な問題になります。通常、債務者の破綻で困るのは債権者の側です。日本の個人金融資産の相当部分が銀行預金ですが、その相当部分の価値を担保しているのが、銀行保有の国債です。日本の場合、国債の元利が支払えない事態を指す「デフォルト」が起こることよりも、むしろ懸念されるのは、何らかの要因で、この国債の価格が大きく下がる(=金利が大幅に上昇する)事態です。

それは第一に、日本の財政を大きく悪化させます。普通国債だけで発行残高は12年度末で700兆円にのぼりますが、仮に金利が1%上昇しただけでも、単純計算で日本政府の一般会計の国債金利支払い(12年度予算で10兆円弱)は7兆円も増えることになります。それを賄うだけでも国債増発が必要になり、国債の需給悪化で金利はさらに上昇するでしょう。

第二に、それは日本の金融システムを動揺させます。近年、日本では、預金は増えているのに、それを運用する銀行は貸付を減らし、国債への運用が膨れ上がってきました。その国債価格が大きく下がれば、銀行のバランスシートが傷つき、欧州で起こっている事態と同様、銀行は融資を減らし、あるいは、国債を投げ売りすることになります。場合によっては、資産の劣化で債務超過となって破綻する金融機関が出る可能性も否定できません。それが預金保険機構ではカバーできない規模で起これば、銀行預金は保護しきれなくなり、日本人の虎の子の貯蓄も危なくなります。

こうした事態が日本で起こりうる「財政破綻」であり、それは日本国民の資産の毀損を意味します。そこまで行かない場合でも、少なくとも、銀行の貸し渋り・貸し剥しと市中金利(それは国債金利に連動するものです)の大幅な上昇によって、日本の景気は、消費税率引上げの影響とは比較にならないほど大きく悪化することになるでしょう。

日本国債の外国人保有比率が低いからといって、安心できません。IMFのレポートは、国際金融情勢が不安定になれば、日本の銀行も保有長期国債を売却して運用資産の短期化を図る行動に出ることや、日本の財政状況に敏感な外国人投資家はたとえ国債を保有していなくても、先物市場で日本国債を売却する行動に出るリスクが高いことを指摘しています。いまやグローバル金融市場は各国の間で密接につながっているのです。

現状で日本の円資産に世界のマネーが向かい、世界最悪ともいえる財政状態にも関わらず日本政府が国債を低金利で発行できている理由の一つに、日本の消費税率が5%と、世界標準に比べて異様に低く、そこに今後の引上げ余地があると市場がみなしているということがあります。逆にいえば、もし、本年、ここに及んでもまた、日本が消費税率引上げを政治的に決定できなかったという事態になれば、このような理由でなんとか保たれてきた日本の財政に対する市場の信頼が一挙に崩れる事態が想定されないことはないといえます。

 思惑で世界を走り回る過剰マネーは、とりわけ欧州債務危機という不確実性がもたらしたリスク・オフ状態の下では、様々な要因に対して過敏に反応します。それがもたらすインパクトの大きさをあなどってはいけません。日本はグローバル市場に対して決してスキを見せてはいけないのです。

~後編に続く~