本論文は、精子DNA損傷と周産期予後に関する前向き研究です。
Fertil Steril 2024; 123: 97(スウェーデン、デンマーク)doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.08.316
Fertil Steril 2024; 123: 63(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.10.047
要約:2015〜2018年にスウェーデンのひとつの施設で、精子DFIを測定してART治療(体外受精、顕微授精)を実施した1,594組の不妊症夫婦を対象に、妊娠経過と出産した1,660名のお子さんについて、前方視的に検討しました。なお、40歳未満の女性、56歳未満の男性、夫婦ともに喫煙なし、不妊期間1年以上、女性BMI 18〜30、自己卵、精子濃度100万/mL以上を対象とし、精子DFIは精子クロマチン構造アッセイによって測定しました。また、周産期データはスウェーデンの出生登録データを用いました。結果は下記の通り(有意差の見られた項目を赤字表示)。
DFI<20% DFI≧20% 修正オッズ比(95%信頼区間) P値
早産<37週 10.8% < 15.1% 1.4(1.0~2.0) 0.03
低体重<2500g 10.0% 8.7% 0.85(0.57~1.3) NS
*SGA 4.0% 2.3% 0.56(0.26~1.2) NS
"APGAR<7 1.7% 2.6% 1.6(0.76~3.5) NS
*SGA=small for gestational age(在胎不当過小児)
"APGAR=新生児の初期の生命状態を評価するスコア
妊娠高血圧腎症 DFI<20% DFI≧20% 修正オッズ比(95%信頼区間) P値
全体 5.1% 7.0% 1.4(0.85~2.2) NS
体外受精 4.8% < 10.5% 2.2(1.1~4.4) 0.02
顕微授精 5.4% 5.1% 0.94(0.47~1.9) NS
妊娠高血圧腎症 DFI<10% DFI≧10% 修正オッズ比(95%信頼区間) P値
全体 3.1% < 6.5% 2.1(1.2~3.8) 0.01
体外受精 3.1% < 7.2% 2.3(1.1~4.8) 0.02
顕微授精 3.3% 5.7% 1.8(0.61~5.1) NS
解説:男性不妊外来では、精子DNA損傷として精子DNA断片化を指標とする精子DFI検査が行われます。DFI値の増加は男性不妊と関連し、原因不明不妊症の25%で確認できます。また、高DFIは、妊娠率低下(体内妊娠・体外妊娠ともに)、胚発生障害、流産率増加との関連が示されています。また、DNA損傷を受けた精子でも受精できることが証明されており、母体の健康や周産期予後への悪影響が懸念されています。しかし、これまでに報告された小規模な研究では、精子DNA損傷による周産期予後に有意な悪影響は確認できていません。本論文は、このような背景の元に行われた研究であり、DFI≧20%で早産率が有意に増加し、DFI≧10%の体外受精妊娠では妊娠高血圧腎症率が有意に増加することを示しています(顕微授精では増加しない)。
本論文の著者は、妊娠高血圧腎症のリスクを低下させる方法として、下記を提案しています。
1)DFI≧10%では顕微授精を行う。
2)妊娠中にアセチルサリチル酸を服用する。
3)精索静脈瘤の修復手術、精巣精子、ZyMot法により、DFI値の低い精子を獲得する。
また、高DFIでも顕微授精では妊娠高血圧腎症のリスクが増加しない理由として、体外受精では複数の精子が存在するため、高DFI精子由来のより多くの活性酸素に暴露するためではないかと推察しています。
コメントでは「妊娠高血圧腎症は単なる母体の疾患ではない」と題して、本論文の研究を高く評価しています。妊娠高血圧腎症は世界中で7万人の妊産婦死亡と50万人の胎児死亡の原因となっていることを考えると、上記1〜3の対応が有効かどうかを判断することは非常に重要であるとしています。