☆子宮内膜症の発症に子宮内細菌叢が関与する | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、子宮内膜症の発症に子宮内細菌叢が関与することを明らかにしたものです。

 

Sci Transl Med 2023; 15: 700(日本)doi: 10.1126/scitranslmed.add1531

要約:子宮内膜症のない女性の子宮内膜線維芽細胞(A)と子宮内膜症のある女性の子宮内膜線維芽細胞(B)および子宮内膜症病変部の線維芽細胞(C)の遺伝子発現プロファイルを解析したところ、A<B<Cの順にトランスジェリン(TAGLN)発現が増加していることが判明しました。子宮内膜線維芽細胞は子宮内膜症病変部で増殖が認められ、トランスジェリンは線維芽細胞が活性化され細胞収縮能や増殖能力を獲得した筋線維芽細胞のマーカー遺伝子です。トランスジェリンが発現した子宮内膜は、子宮内膜症の発症に重要な増殖、遊走、腹膜中皮細胞への接着を亢進させる筋線維芽細胞の性質を示しました。次に、トランスジェリンの発現誘導因子として知られるTGF-βに着目し、免疫染色によりトランスジェリンとTGF-βの存在部位の一致を見出しました。TGF-β産生細胞としてM2マクロファージを想定し、免疫染色によりTGF-βとM2マクロファージの存在部位の一致を確認しました。マクロファージの発生源として子宮内細菌叢を想定し、子宮内細菌叢解析を行ったところ、A<B<Cの順にフソバクテリウムが認められました。なお、フソバクテリウムは口腔内では歯槽膿漏、腸管内では大腸癌の発症に関与することが示唆される細菌です。子宮内膜症のある女性の64%に子宮内膜へのフソバクテリウム感染が認められ、子宮内膜症のない女性では10%未満でした。

 フソバクテリウムが子宮内膜症の発症に関与するかどうか検討するため、内膜症マウスをモデルに用いました。内膜症マウスは、ドナーマウスの子宮内膜を細切し、レシピエントマウスの腹腔内に移植したものです。ドナーマウスの子宮内にフソバクテリウムを感染させると、レシピエントマウスの病変部の体積と重量が有意に増加しました。ドナーマウス子宮内にフソバクテリウムを感染させ、ドナーマウス膣内に抗生剤を投与すると、レシピエントマウスの病変部の病変部のが体積と重量が有意に低下しました。また、ドナーマウス子宮内にフソバクテリウムを感染させ、レシピエントマウス膣内に抗生剤を投与すると、レシピエントマウスの病変部の病変部のが体積と重量が有意に低下しました。また、フソバクテリウムとマクロファージを共培養すると、TGF-βを分泌するM2マクロファージへの形質転換が確認できました。さらに、分泌されたTGF-βを正常子宮内膜線維芽細胞に添加すると、トランスジェリン陽性の筋線維芽細胞への変化も確認できました。

 

解説:子宮内膜症は生殖年齢女性の約 10%が罹患し、月経困難症、疼痛、不妊症、悪性化など様々な問題を引き起こす疾患です。少子化に直面した現代において子宮内膜症の克服は重要です。子宮内膜症の完璧な治療は手術による子宮と卵巣の摘出ですが、妊娠を目指すことができなくなります。一方、薬物療法には女性ホルモンの抑制や黄体ホルモン療法がありますが、どちらも治療中に妊娠を目指すことができませんし、根本的な解決には至りません。従って、全く異なる発想(作用機序)の治療が模索されていました。本論文は、このような背景のもとに行われた研究であり、子宮内膜症の発症メカニズムに子宮内細菌叢が関与することを明らかにしています。つまり「子宮内のフソバクテリウム感染→M2マクロファージ増加→TGF-β増加→子宮内膜線維芽細胞のトランスジェリン発現増加→月経血逆流→子宮内膜細胞が腹腔内に着床・増殖→子宮内膜症発症」というメカニズムです。本研究から、子宮内膜症の発症予防や治療に抗菌薬を使うという選択肢が出現します。抗菌薬は不妊治療と両立が可能なので、これまでの治療とは一線を画した画期的な治療になる可能性を秘めています。発展性のあるとても素晴らしい研究です。「Science」の姉妹誌である「Sci Transl Med(IF=17)」の表紙を飾った論文であり、日本や海外で取り上げられています。