☆Q&A4028 妊活中のアルコール摂取は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q 今Twitterで話題になっている記事「妊娠前、妊娠中は例え少量でもアルコール摂取が「子供の顔」を変形させてしまう!」について質問があります。妊娠直前の3カ月から少しのお酒でも影響が出るかもしれないというのは、卵子の形成期と重なりますが、そうなりますと移植前だけじゃなくて採卵時にも関わる話になってきますか。これが本当なら妊活中は完全な断酒が必要になると思うのですが、信憑性はどのくらい高いのでしょうか。先生のご意見をお伺いしたいです。

 

A 話題になっているとは全く存じませんでしたが、正確な情報提供が必要ですので、元論文をご紹介します。

 

Hum Reprod 2023; 38: 961(オランダ)doi: 10.1093/humrep/dead006

要約:2002〜2006年に出産したお子さん(オランダ人、オランダ以外の欧州人、トルコ人、モロッコ人)と妊娠中の母親の健康状態を追跡調査するジェネレーションRスタディの一環として、9歳(3149名)と13歳(2477名)の時点で撮影したお子さんの3D顔画像解析を人工知能とディープラーニング技術を用い、母親のアルコール摂取量との関連を分析しました。母親のアルコール摂取量については、妊娠初期、中期、後期のアンケート調査により行い、有効回答の得られた7409名(回答率76%)を対象としました。アルコール摂取の頻度と用量を6段階(<1回/週、1〜3回/週、4〜6回/週、1回/日、2〜3回/日、>3回/日:1回をアルコール12gと定義)に分類し、アルコール曝露時期を3段階(1: 妊娠前のみ、2a: 妊娠初期のみ、2b: 妊娠全期間)に分類しました。アルコール摂取に特徴的な顔貌として、上向きの鼻先、短くなった鼻、外側に向いた顎、内側に曲がった下まぶたが抽出されました。この傾向は9歳では有意差を認めましたが、13歳では有意差を認めませんでした。なお、アルコール12gとは、175mlのグラスワインや330mlのビールとごく少量です。

 

ESHREのコメント(Mothers’ alcohol consumption before and during pregnancy is linked to changes in children’s face shape):この研究を主導したRoshchupkin氏は、次のように述べています。「出生前に子どもがアルコールにさらされると、子どもの健康発達に重大な悪影響を及ぼす可能性があり、母親が定期的に大量の飲酒をすると、胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)を引き起こし、それが子どもの顔に反映される可能性があります。FASDは、妊娠中の母親の飲酒、特に大量飲酒が原因であることがすでに知られています。これまで、低アルコール摂取が子供の顔貌や健康に及ぼす影響についてはほとんど知られていませんでした。本論文の研究は多民族のお子さんを調査した最初の研究です。子供が年齢を重ね、他の環境要因を経験するにつれて、これらの変化が減少したり、通常の成長パターンによって隠蔽されたりする可能性があります。しかし、だからといってアルコールの健康への影響がなくなるわけではありません。妊娠中のアルコール摂取の安全なレベルは確立されておらず、母親と発育中の胎児の両方にとって最適な健康を維持するためには、妊娠前であってもアルコール摂取をやめることをお勧めすることが重要です」。

 

解説:妊娠中の高レベルのアルコール摂取は、お子さんの健康や発達に重大な悪影響を及ぼすことが知られています。 胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)は、発育遅延、神経障害、異常な顔貌と定義されます。症状には、認知障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害、記憶障害、行動上の問題、発話および言語の遅れなどが含まれます。妊娠中の中〜低レベルのアルコール摂取は、低体重児や早産との関連が報告されています。本論文は、このような背景のもとに行われた研究であり、アルコール摂取に特徴的な顔貌の要素を抽出し、この変化は妊娠前3ヶ月から妊娠初期のアルコール摂取で生じていることを示してしています。しかし、妊娠3か月以上前のアルコール摂取に関するデータがなく、アルコール摂取調査は過去を振り返った自己申告によるため、正解なアルコール摂取量と時期を反映していない可能性があります。本論文はしっかりした論文ですが、アルコールスペクトラム障害(FASD)を調べた研究ではなく、単にお子さんの顔貌の変化を示しているに過ぎません。また、その顔つきの特徴として「上向きの鼻先、短くなった鼻、外側に向いた顎、内側に曲がった下まぶた」が抽出されていますが、これは胎児性アルコールスペクトラム障害(FASD)で見られる特徴的な顔つき「小さな目の開き、滑らかな人中、薄い上唇」とは異なります。著者のコメントを掲載したESHREの記事には誤解を招く表現が多々あり、お子さんの顔貌の変化が、いつの間にかアルコールスペクトラム障害(FASD)にすり替わっています。このコメント部分だけを抽出したのが、Twitterの記事です。知能や発育が検討項目にあれば納得できるのですが、顔貌だけの情報からの憶測(推測)のもとに記載されたインタビュー記事を信用することは到底できません。本論文は「○○の食物を食べると顔つきが変化する」のような論文です。それが、知能や発育に結びついているかどうかは誰にもわかりません。また、顔つきが「変化」するのであって、「変形」という単語が誤解を招く表現です。どのような顔つきが良いのか良くないのかは、主観によるものであり、客観的ではありません。

 

なお、このQ&Aは、約3週間前の質問にお答えしております。