☆ART治療の禁欲期間は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、米国生殖医学会誌「Fertil Steril」の「Inklings(予感)」記事として掲載されたものです。

 

Fertil Steril 2024; 121: 426(米国)doi: 10.1016/j.fertnstert.2023.11.009

要約:ART治療(体外受精、顕微授精)を最適化するための精液提供方法に関する研究はほとんど行われていません。WHOの精液検査マニュアルの基準値は、生殖能力を考慮しておらず、他の男性と比較するための「精液パラメータ」の評価に過ぎません(評価は2〜7日の禁欲期間)。「精液パラメータ」の下限値は、過去1年間に妊娠された方の精液所見の下位5%に線を引いたものであり、生殖能力や不妊症を直接予測するものではありません。また、「精液パラメータ」は非常に変動しやすい尺度であり、射精ごとに大きく異なります。メタアナリシスでは、禁欲期間が短い精子により着床率(オッズ比1.44、95%信頼区間1.17〜1.78)と出生率(オッズ比1.69、95%信頼区間1.1〜2.39)が有意に向上することが示されているため、不妊クリニックでは禁欲期間を短くするよう指導します。患者さんは禁欲期間が短いと精子がなくなるのではないかと心配しますが、精子をストックする精巣上体を通過するのに6〜10日かかるため、1日に何回射精しても精子がなくなることはありません。頻繁な射精は、精巣上体の中にある利用可能な精子の中でより新鮮な精子を解放するだけであり、DNA損傷のリスクが低下します。WHOでは2〜7日の禁欲期間ですが、ART治療の際には(特に男性因子不妊) 1 日未満の禁欲期間で射精することを推奨します。

 

解説:基準値には様々な目的があります。例えば採血の基準値は、内科的な疾患がないかどうかをみる基準です。妊娠を目指す方には、妊娠に適切な基準値が別にあります。精液検査も同様で、WHOの基準値は個々を比較するための基準値であり、その方が妊娠できるかどうかをみるものではありません。本論文は、ART治療には質の高い精子が必要であり、可能な限り禁欲期間を短くすべきであるとしてます。