スポーツ遺伝子と人間の可能性 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

スポーツに関する遺伝子の研究を行なっている順天堂大学大学院、スポーツ健康科学研究科、准教授「福典之」さんのお話をご紹介します。

 

医師協Mate 2023; 334: 7(日本)

要約:双子を対象にした研究から、スポーツには遺伝的素因が66%、トレーニングなどの環境要因34%であることが知られています。現在、アジア人におけるスポーツ遺伝子として20種類が見出されており、その代表的なものは、速筋繊維にのみ発現するαアクチニン3遺伝子です。αアクチニン3遺伝子(R)は瞬発系アスリート(短距離走など)に必須とされており、100m走のベストタイムが速い方ではRR型、RX型が、遅い方ではXX型(遺伝子発現なし)であることがわかりました。逆にXX型の選手は、持久系競技(長距離走など)に向いています。この遺伝子は人種間の差も極めて大きくなっており、RR型はナイジェリア人で83%、日本人で20%です。一方、XX型はナイジェリア人で0%、日本人で26%です。ナイジェリア人などの西アフリカ人は短距離走に向いていると言えます。また、ミトコンドリアDNAの解析から、長距離種目に強い東アフリカ人(ケニア、エチオピアなど)はL0タイプが有意に高いことが明らかにされています。日本人では、持久系競技にはG1タイプ、瞬発系競技にはFタイプが関連しています。さらに、ミトコンドリアDNAのタイプは疾患とも関連があり、Fタイプはミトコンドリア機能が低下しているため糖尿病になりやすい可能性があります。血圧上昇作用のあるACE遺伝子とスポーツとの関連も報告されており、血管収縮能が高い順にDD型>ID型>II型となります。競泳の短距離選手では、欧州人でDD型が多く、アジア人でII型が多いことがわかりました。筋損傷が女性に起こりにくいことから、女性ホルモン(エストロゲン)が関与しているのではないかと考え、エストロゲン受容体遺伝子と筋損傷について検討したところ、筋損傷の既往が多い順にTT型>TC型>CC型であることが判明しました。さらに、この順番は筋硬度ともリンクしていました。この遺伝子検査により筋損傷の確率が高い選手には、予防策を講じるといった対策が取れるようになります。筋肉だけではなく、腱の遺伝子も運動能力に関与することが明らかとなり、マウスでは腱にピエゾ1遺伝子を発現させるとジャンプ力が向上することが報告されています。ジャマイカのスプリンターはピエゾ1遺伝子発現が有意に高いことが明らかになりました。αアクチニン3遺伝子とACE遺伝子のタイプから、RR型、RX型、II型は速筋の割合が高い瞬発系アスリート、XX型、ID型、DD型は遅筋の割合が高い持久系アスリートです。瞬発系アスリートでは、持久系アスリートと比べ高血圧発症リスクが高いことが判明しました。スポーツ遺伝学を通じて、アスリートのみならず、一般の方にも役立つ研究を続けていきたいと考えています。

 

解説:この記事を読んで、スポーツ医学の進歩を目の当たりにするとともに、一般医学への応用の可能性を強く感じました。アスリートは特殊な能力を持つ集団です。特殊な状況で得られた知見が一般に応用されるのは、医学の進歩にしばしばみられる手段です。アスリートの活躍を見ながら、自らの健康増進を夢見る今日この頃です。