☆卵子の染色体異常は若年齢でも高年齢でも高くなる | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、卵子の染色体異常の年齢別解析を行った大変興味深い研究で、世界的に最も信頼性の高い「Science」誌に掲載された最新の論文です。

 

Science 2019; 365: 1466(欧州)doi: 10.1126/science.aav732

要約:女性の妊孕性は20〜35歳をピークに若年齢でも高年齢でも確率が低下することが知られています(逆U字カーブ)。この理由を調べるために、抗癌剤治療前の卵巣凍結を実施した方(9〜43歳)の卵胞から採取した卵子218個(コホート1)と、体外受精を実施した90名(20〜43歳)卵子5014個(コホート2)の染色体をNGS法で分析しました。どちらのコホートも20〜32歳をボトムに若年齢でも高年齢でも染色体異常率が増加しました(U字カーブ)。また、36,786個の受精卵を用いたPGT-Aの報告(Plos Genet 2015;11: e1005601、Science 2015; 348: 235)でも、受精卵の染色体異常率は卵子と同様のU字カーブを呈しました。精子も卵子も2回の減数分裂が起こりますが、卵子は1回目の減数分裂後のまま卵巣で眠った状態であり、精子が入って来てから2回目の減数分裂が起こります。したがって、卵子と受精卵の染色体異常が同じ曲線を示すことは、2回目ではなく1回目の減数分裂の際に生じた異常(エラー)があることを意味します。そこで、1回目の減数分裂のエラーのタイプを調査したところ、下記の3種類に分類されました。

1 Nondisjunction(NDJ):染色体不分離(モノソミーやトリソミーが生じる)

2 Precocious separation of sister chromatids(PSSC):減数分裂中の姉妹染色分体早期分離

3 Reverse segregation(RS):減数分裂前の姉妹染色分体分離

 

年齢別に検討したところ、NDJは若年齢の方にみられ、PSSCとRSは加齢とともに増加することが判明しました。特に若年齢の大きな染色体(1〜5番)ではNDJがメインであり、高年齢の短腕の短い染色体(13、14、15、21、22番)ではPSSCとRSがメインであることが明らかになりました。姉妹染色分体の分離の程度を検討したところ、加齢とともに姉妹染色分体間の距離が延長(おそらく結合力が低下)することが判明し、これによりPSSCとRSが増加するものと考えられます。しかし、何故若年齢の方にNDJが多いのかは明らかではありません。

 

解説:妊娠率や正常胚率は年齢依存性ではなく、逆U字型を呈します。本論文は、その理由として卵子の第1減数分裂の際のエラーが関与しており、若年者と高齢者でその異常のパターンが異なることを示した大変エレガントな研究です。実はこれと同様な変化を示すものがAMHです。AMHは25歳をピークとして年齢が低くても高くても低下(逆U字型)します。AMHは卵子の供給を調節していますので、卵子の状態に何らかの関与があっても不思議ではありません。

 

チンパンジーでは10〜45歳まで妊娠率に変化はありませんので、卵子の染色体異常が若年齢でも高年齢でも高くなるのは、ヒトに特有の現象であるものと考えます。おそらく、若年齢では卵子の準備が整っていない状態であり、高年齢では老化現象の現れであるものと推察します。ヒトの卵子は非常に繊細であることが想像できます。「妊娠適齢期」はヒトに特有の現象だと思います。

 

下記の記事を参照してください。

2013.6.16「☆☆☆AMHは年齢とともに低下しません⁈

2017.5.21「☆☆妊娠に必要な知識②精子と卵子の違い