☆前核の大きさで出産率の予測!? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、前核の大きさで出産率が予測できる可能性を示唆した日本からの興味深い報告です。

 

Fertil Steril 2019; 112: 874(日本)doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.07.015

Fertil Steril 2019; 112: 811(スペイン)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2019.09.005

要約:2013〜2016年に融解胚移植を実施した胚213個(採卵時年齢40歳以下)を対象に、タイムラプス画像の前核(PN)出現から消失までの画像を後方視的に解析し出産を予測しうる条件を検討しました。まず、雌雄の前核の区別の方法は、卵子由来の前核は第2極体の近くに認められ、精子由来の前核は受精丘の近くに認められること、卵子由来の前核は精子由来の前核に次第に近付いて行くことが特徴です。前核消失時間(PNMBD)を起点とすると、出産に至った受精卵では、PNMBDの8時間前では精子由来の前核より卵子由来の前核が小さいですが、次第にその差が無くなりPNMBDの直前では雌雄の前核がほとんど同じ大きさになります。逆に出産に至らない受精卵では、その条件を満たしません。特に、PNMBDの8時間前で精子由来の前核より卵子由来の前核が大きい胚(15胚)はどなたも出産に至りませんでした。下記のパラメータが出産率を予測しうる有意な条件であることが判明しました。

 

1 PNMBD直前の雌雄前核の大きさの違いが少ないこと(体外受精で39.3μm2以下、顕微授精で40.0μm2以下)

2 PNMBD8時間前では精子由来の前核より卵子由来の前核が小さいこと

3 PNMBD8時間前の雌雄前核の大きさの差が、PNMBD直前に減少していること

 

この3つの条件から出産率を計算すると「(1あるいは3)かつ2」を満たす場合の体外受精の出産率は68.1%、顕微授精は50.0%となりました。逆に1〜3のいずれも満たさない場合の体外受精の出産率は9.4%、顕微授精は4.2%でした。なお、種々の交絡因子を含めてロジスティック回帰分析を行っても、本論文の前核の評価が有意に出産率と相関していました。

 

解説:前核の研究は歴史が古く、1998〜2003年に遡ります。雌雄前核の大きさに違いがある場合(例えば4μm以上)に、胚発生が停止、分割速度が低下、グレードが低下、染色体異常胚が増加、モザイク胚が増加することが報告されています。また、雌雄前核の大きさが同じである場合に、胚盤胞到達率が増加することも知られています。一方、近年登場したタイムラプス培養器では、胚発生の継時変化を培養器の外から見ることが可能です。本論文はこのような背景を元に行われた研究であり、前核の大きさで出産率が予測できる可能性を示唆したものです。本法を用いれば、PGT-Aによらずに、PGT-Aと同程度の出産率を確保することが可能になりますので、極めて画期的な方法です。

 

コメントでは、本論文の研究を尊重した上で、PGT-Aが認められていない日本のような国では有効な方法だと考えるものの、日本を除く多くの国ではPGT-Aが可能であり、大変高価なタイムラプス培養器を全ての施設に備えることは難しいとしています。しかし、胚にダメージを与えない本法は非常に魅力的だと思います。