米国生殖医学会(ASRM)の機関誌であるFertil Seril誌に、新しいコーナーとして「紙面上バトル」ができました。このコーナーでは賛成派と反対派の数名がお互いの正当性を主張する、いわば「紙面上のディベート」です。第1回は「無精子症でない方の精巣精子の使用は?」というものです。
Fertil Steril 2018; 109: 981(米国、ブラジル、デンマーク、カナダ)doi: 10.1016/j.fertnstert.2018.04.029
Fertil Steril 2018; 109: 980(米国)コメント doi: 10.1016/j.fertnstert.2018.04.031
要約:無精子症でない方の精巣精子の使用の是非について、賛成派と反対派それぞれ3名ずつ6名の泌尿器科医の意見を伺いました。
賛成派「射出精子で結果が出ていないのであれば、精子のDNA損傷が少ないと考えられる精巣精子の使用をトライしてみても良いのではないか」精子のDNA損傷が高いと妊娠成績が低下することが知られています。精子のDNA損傷の原因として精索静脈瘤や泌尿生殖器の炎症があり、精索静脈瘤の手術や抗生剤・抗酸化剤の治療が行われます。また、射出精子と比べ精巣精子では精子のDNA損傷が少ないことが知られています(23.6% vs. 4.8%)。このため、よりDNA損傷の少ない精巣精子を使用する作戦が浮上します。反対派の方は、精巣精子採取術(TESE)による合併症について主張されますが、実際のところ合併症はほとんどありません。報告されている中では痛みと精巣の腫脹程度の軽微なものに過ぎません。むしろ、なかなか結果が出ないため採卵回数が増加することによる女性の合併症(出血や感染)の方が問題ではないかと考えます。また、DNA損傷により流産率が増加することが報告されており、流産になった場合には身体的のみならず精神的なトラウマにもなります。DNA損傷を少なくするためにできることがあるのならTESEはやっておいて損はないと考えます。
反対派「エビデンス不足のため、侵襲的な手術を選択するのは如何なものか」これまでに報告された論文では、無精子症でない方の精巣精子の使用について十分なエビデンスが得られているとは言えません。250編の論文のうちわずか5編のみが評価の対象になる論文ですが、精巣精子の有用性を示すまでには至っていません。医学的処置で最も重視すべきは非侵襲性ですから、出血、感染、組織ダメージなどのあるTESEは十分な有効性が示されて初めて行うべきものと考えます。賛成派の方は精子のDNA損傷について主張されますが、精子のDNA損傷には様々な検査方法があるばかりでなく、様々なカットオフ値があるため、どのような指標を用いたら良いかさえ明らかにされていません。従って、DNA損傷を評価に用いてTESEの有用性を判断することはできません。また、流産率についても同様で、検査方法も基準値も定まっていないDNA損傷の検査を用いて流産率を議論することもできません。流産については、他の多くの要因も考慮すべきと考えます。
解説:無精子症でない方の精巣精子の使用の具体例としては、クリプト(射精した精液中に精子がいたりいなかったりする)、精子のDNA損傷が高い、胚移植反復不成功、反復流産が挙げられます。上記の議論を読むとお分かりいただけると思いますが、全く議論がかみ合っていません。まさに平行線です。その最大の理由は、医師のスタンス(立ち位置)にあると思います。皆さん同じ論文を読んでいるのですから、それをどう解釈して実際の臨床に役立てるかが重要です。反対派の方の意見は大変もっともですが、立場は泌尿器科(男性不妊)目線です。一方賛成派の方は婦人科(女性不妊)目線に立っています。女性には卵子の老化現象がありますので、残された時間には限りがあります。限られた時間の中で成果を出すために何ができるかを考えた時に、できることをやってみようとなるはずです。侵襲性の議論でも同様で、TESEの侵襲性と採卵や流産の侵襲性を比較した場合、ほとんどの場合TESEは1回だけですが、採卵は複数回になります。流産も複数回の可能性が高いでしょう。本論文のディベートに参加した6名は全員泌尿器医ですが、それでもこれだけ議論が分れる訳です。コメントでは、このような議論を理解した上でそれぞれ自らの意見を持って診療に当たって欲しいとしています。