温かく存在すること、患者さんの中の治療者を育むこと | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

産婦人科医には馴染みのない「日本心身医学会」に在籍して20年になります。学会の機関誌である日本心身医学会誌の巻頭言に掲載された冒頭の記事「温かく存在すること、患者さんの中の治療者を育むこと」を読み感銘を受けましたので、ご紹介いたします。

 

Japanese J Psychosomatic Med 2018; 58: 14(日本)

要約:米国の心理学者Watkins教授は、医学的知識や技術以外で治療効果に影響を与える人間性を「治療的自己(therapeutic self)と名付けました。また、プラセボ効果には「医師という薬(doctor as a medicine)」の効果があります。例えばプラセボ鎮痛が働いている時には、オピオイド受容体が活性化していることが明らかにされており、医師には薬剤としての効果が実際にあります。「治療的自己」や「医師としての薬」以外にも重要なものがあるのではないかと考えたところ「温かく存在すること」「患者さんの中の治療者を育むこと」がポイントではないかと思います。「温かく存在すること」とは、医師(医療者)が患者さんにとって温かいと認識される対応が「心地よい」対応になるとするものです。医師(医療者)の眼差し、接触、言葉、行為のいずれもが温かいことが重要です。また「患者さんの中の治療者を育むこと」とは、「治療者としての自己(therapist self)」を育むことです。これにより、患者さん自らが、攻撃されやすい(受動的)自己から活動的(積極的)な自己になります。医師(医療者)は、自らの技術を向上させるばかりでなく、患者さんの能力を向上させる力も求められています。

 

解説:心身医学の領域は、精神科あるいは心療内科の医師が担当しています。しかし、この領域は全ての診療に必要なものであり、本来なら全ての医師が心身医学の知識を持って診療にあたって欲しいと考えています。医師として「温かく存在すること」そして「患者さんの中の治療者を育むこと」どちらもなかなか含蓄のある言葉だと思います。前者は医師自らの努力が欠かせませんし、人間性や人柄そして話し方もポイントになるでしょう。一方、後者は患者さんの教育はもちろんですが、患者さんを主役として育てる心理学的アプローチも必要で、より高度な技術を要します。私もさらなる研鑽を積み重ねたいと思います。

 

心身医学の分野に私が関与するきっかけになったのは、米国留学から帰国した1998年、東海大学病院在籍中に「不妊症の心のケア」に取り組んだ時に遡ります。日本のサイコオンコロジーの第一人者である保坂隆先生は慶應義塾大学医学部の先輩であり、私が知らなかった分野への興味を湧きたてると共に、当時この分野がおろそかにされていた現実を知りました。彼と一緒に「不妊症のグループ心理療法」を担当させていただき、その成果を数編の英文論文で発表したばかりでなく、NHKのクローズアップ現代に一緒に出演させていただきました。保坂先生が最近ブログを始めましたので、興味のある方はぜひ一度ご覧ください(https://ameblo.jp/psycho-oncology/)。自分が癌になった時、家族が癌になった時、このブログはあなたをきっと助けてくれることでしょう。なお、保坂先生は不妊症のカウンセリングも行なっています。お悩みの方はぜひご相談ください。

 

下記の記事を参照してください。

2013.1.18「医師の資質