☆☆葉酸とメトホルミン   | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

葉酸と妊活に関するポーランドのガイドラインをご覧になった患者さんから、葉酸とメトホルミンについて質問がありましたので調べてみました。まず、その元論文をご紹介します。

 

①Ginekol Pol 2017; 88: 633(ポーランド) doi: 10.5603/GP.a2017.0113

要約:胎児異常のリスク別の葉酸およびビタミンB12推奨量を記します。

低リスク(健康な女性かつ自身や家族に胎児異常の経験なし)→妊活12週前から葉酸400μg/日服用

中リスク(自身や家族に胎児異常、低体重児出産既往、妊娠高血圧症候群既往、妊娠糖尿病、潰瘍性大腸炎、クローン病、セリアック病、肝障害、透析、肥満症手術後=減量手術後、肥満、抗てんかん薬、メトホルミン、MTX、コレスチラミン、スルファサラジン、タバコ、アルコール、MTHFR活性低下→妊活12週前から5メチルTHFを含む葉酸800μg/日+ビタミンB12服用

高リスク(自身や家族に神経管の異常)→妊活12週前から5メチルTHFを含む葉酸5mg/日+ビタミンB12服用→妊娠中期から葉酸800μg/日に減量

 

解説:WHOのガイドラインを始め各国のガイドラインをみても、通常は低リスクと高リスクの2群に分類されています。したがって、中リスクの記載はポーランド独自のものではないかと推察します。また、胎児のアレルギー疾患のリスク低下のため、通常は妊娠中期以降は葉酸を中止するのですが、このガイドラインでは妊娠全期間と授乳中も葉酸摂取を推奨しています。他国からすると少し異なるガイドラインであるようです。さて、メトホルミンは中リスクに分類されていますが、果たしてメトホルミン服用により葉酸代謝に変化が生じるのでしょうか。その件に関する論文を調べてみました。

 

②Nutrients 2016; 8: 798(中国)doi:10.3390/nu8120798

要約:メトホルミン投与によるホモシステイン濃度を検討したランダム化試験のメタアナリシスを実施したところ、12論文が該当しました。全体としては、メトホルミン投与によるホモシステイン濃度の有意な変化は認めませんでしたが、サブグループ解析では、葉酸あるいはビタミンB群投与がない場合にのみメトホルミン投与によるホモシステイン濃度の有意な増加を認めました。逆に、葉酸あるいはビタミンB群投与がある場合には、メトホルミン投与によるホモシステイン濃度の有意な低下を認めました。

 

③J Hum Reprod Sci 2017; 10: 95(イラン)doi: 10.4103/jhrs.JHRS_74_16

要約:多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の方には耐糖能異常がしばしばみられ、メトホルミンが投与されます。PCOSの方18名を対象に半年間のメトホルミン投与(1000mg/日)によるホモシステイン、葉酸、ビタミンB12の濃度変化を前方視的に検討しました。メトホルミン投与前後でビタミンB12濃度は有意に減少しましたが、ホモシステインと葉酸の濃度に有意な変化は認めませんでした。BMIとインスリン抵抗性によりサブグループ解析を実施したところ、BMI>25およびインスリン抵抗性ありの場合にメトホルミン投与前後でビタミンB12濃度は有意に減少しました。また、BMI>25の場合にのみメトホルミン投与前後でホモシステイン濃度は有意に増加しました。

 

解説:葉酸代謝には、ビタミンB12、メトホルミン、MTHFRなどが関与しています。まず理解しやすくするために、葉酸代謝関連経路を図示します。

 

 

一般に、ホモシステイン濃度増加は健康に良くないのではないかと考えられています。葉酸代謝を回転(促進)させることでホモシステイン濃度が低下しますので、葉酸、ビタミンB12、5メチルTHFはホモシステイン濃度低下になり、MTX、メトホルミン、MTHFR遺伝子多型(TT型)はホモシステイン濃度増加につながります。

論文②は、メトホルミン投与によるホモシステイン濃度変化を検討したものであり、葉酸あるいはビタミンB群を使用していれば、メトホルミン投与によるホモシステイン濃度の増加は見られずむしろ低下することを示しています。論文③は、メトホルミン投与によるビタミンB12およびホモシステイン濃度変化を検討したものであり、メトホルミン投与によりビタミンB12低下が見られることを示しています。また、BMI>25の場合にのみメトホルミン投与によりホモシステイン濃度増加を認めています。すなわち、メトホルミン投与によるホモシステイン濃度増加は限定的なものであり、葉酸and/orビタミンB12を用いていれば全く問題ないと考えます。

 

ホモシステイン濃度増加は、脳梗塞、認知症、心血管疾患、胎児神経管欠損症のリスク因子であることが知られていますが、最新のcochrane reviewによると、ホモシステイン濃度を低下させる治療(葉酸、ビタミンB12、5メチルTHFなど)が有効なのは胎児神経管欠損症に対してのみであり、脳梗塞、認知症、心血管疾患に対する有効性は証明されていません。また、ホモシステイン濃度増加が流早産や胚発生障害のリスク因子であることを示唆する論文が散見されますが、その因果関係については明らかにされていません。したがって、流早産や胚発生障害に関してホモシステイン濃度を低下させる治療(葉酸、ビタミンB12、5メチルTHFなど)の有効性も証明されていません。さらに、ホモシステイン濃度増加と異常胚増加の関連も明らかにされていません。

 

結論的には、ホモシステイン濃度増加は妊娠治療に何らかのデメリットがあるかもしれませんが、葉酸やビタミンB12を摂取していれば何も心配することはありません

 

葉酸シリーズは以上で終了です。下記の記事を参照してください。

2018.2.17「☆葉酸 vs. 葉酸塩

2018.2.18「☆葉酸と妊娠成績