本論文は、膣内射精した精子の移動についてヒトで検討したものです。2つの論文は約半世紀前のものですが、極めて重要な事実を示しています。
①Fertil Steril 1961; 12: 151(米国)
要約:妊娠出産歴が多数あり、医学的適応で子宮摘出術を予定の患者さん3名を対象に、排卵期近辺にオペ日を設定し、手術中に以下の検討を行いました。まず、カーボンのマイクロパーティクル(MP)を精子のサイズで作成し、精液に似た状態にするために30%デキストラン溶液に入れました。麻酔がかかってからヘッドダウンのポジションとし、MP+デキストラン溶液を3〜4mL膣内へ注入し、オキシトシン10単位を筋肉注射で投与しました。体位を平行に戻し、すぐに開腹を開始、子宮に手をつける前に卵管を摘出しました。卵管内を生理食塩水でフラッシュし、MPの有無を顕微鏡で確認しました。切除までの時間とMPの有無は以下の通り。
1 32歳、妊娠6回出産6回、CD14/28、排卵直後、28分後、MP(++)
2 30歳、妊娠6回出産6回、CD12/28、排卵前、34分後、MP(+)
3 41歳、妊娠8回出産7回、CD13/28、排卵直後、20分後、MP(ー)*
*糖尿病あり、3ヶ月前に流産あり
②Fertil Steril 1973; 24: 655(米国)
要約:複数回の妊娠出産歴があり、卵管避妊手術を予定の患者さん8名を対象に、E2ピークから36時間以内にオペ日を組み、手術中に以下の検討を行いました。なお、オペ日の11〜14日前までの性交とし、それ以降は性交しないように指示しました。麻酔がかかってから、状態の良い新鮮なドナー精液を外子宮口から注射器で断続的に注入しました。断続的な注入は、ちょうど射精時のイメージで行いました。注入した精液は膣内に残したまま、卵管摘出術を実施しました。精液の注入後、事前にプランした時間(0,5,10,15,18,30,45分)で卵管を3等分した位置でクランプし、卵管を摘出しました。摘出した卵管を3等分に切除し、卵管内を血清でフラッシュし、精子の有無を顕微鏡で確認しました。また、子宮頸管内を内子宮口と外子宮口に分けて頸管粘液を採取し、その後子宮内を生理食塩水5mLでフラッシュして回収し、さらに内膜掻爬を行いました。8名から合計16卵管について卵管内の精子回収を確認したところ、5分以降には全ての方で卵管内に精子が確認できましたが、15〜45分で最も精子濃度が高くなりました。また、卵管内と頸管内の精子数は、元の精液所見に比例しました。子宮内には精子はみられず、精子は卵管膨大部(精子と卵子が出会う場所)に最も多くみられました。
解説:動物実験では、精子の移動には、精子の運動性だけでなく子宮と卵管の収縮が必要であることが知られています。そこには、ペニスの圧迫によるオキシトシン(子宮収縮ホルモン)の放出と精液中の子宮収縮物質、卵管の繊毛の動きが関与するものと考えられます。膣内射精した精子が卵管に到達するまでの時間は、動物によって異なり、2分半〜数時間と報告されています。
一方、ヒトでの検討はほとんどされておりませんが、同様のメカニズムが働いているものと推察されます。
論文①は、動力のないMPでもオキシトシンの作用により卵管まで移動が可能(28〜34分)であることを示しています。
論文②は、精子は5〜45分で卵管に到達し卵管膨大部に集積すること(濃度が高いのは15〜45分)、子宮内には精子はおらず、子宮頸管に蓄えられていることを示しています。
ヒトの精子は3mm/minの速度で泳ぐとの報告がありますが、この速度ですと膣から卵管膨大部まで45〜60分かかる計算になります。したがって、精子の力だけでは論文①②の時間内に卵管膨大部まで到達できません。やはり、子宮収縮、卵管収縮、卵管繊毛の働きが必要不可欠なのだと考えます。すなわち、精子は泳いで卵子に到達するのではなく、流れに乗って卵子に到達するのです。極めて精液所見が悪くても自然妊娠が起こることがあるのは、このメカニズムのためだと思います。
しかし、論文①はさておき、論文②の実験は現在では不可能なセッティングだと思います。そういった意味でも貴重な報告です。「膣から卵管膨大部まで15分」の話は随分前から聞いていたのですが、元論文がなかなか見つからず困っていました。ひょんなことから論文②が見つかったわけです。