Dr.Mの診療録:卵巣癌の皮膚転移とのイタチごっこ | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

 卵巣癌の手術を十年程前に受けて、その後再発もなく過ごしていたのだが、皮膚に腫瘍がみつかった。皮膚の腫瘍を切除してみると、卵巣癌の転移だった。こんな時、私はその患者さんに初めて会った。1つ取るとまた1つできるという感じで、1年に何回取っただろうか。それこそイタチごっこだった。何故、私が皮膚転移を摘出することになったかというと、通常再発が多数になると、医療者からギブアップ宣言が出てしまう。皮膚科の先生も、外科の先生も、産婦人科の先生も、手術の意味はない、ということになり、当時一番下だった私のところへ回ってきたのである。しかし、話を聞くと手術せずにはいられないのである。この患者さんのお子さんは、何らかの障害をお持ちで、お母さんの助けを必要としていた。それに加え、皮膚転移の大きさが2−3センチあって、必ず外側に飛び出してくる。生活していても気になってしまうし、それが「癌」だとわかっているからには、患者さん自身が「取りたい」と思うのは当然だと思う。皮膚転移を取るのは、その病院では私だけだった。私は、1年限定の出向中の身分だったため、1年後にはその病院を去らなければならなかった。その日はやってきた。私が患者さんの皮膚転移を最後に取った日、「次は○○先生になります」と言った時、とても悲しかったけれど、どうすることもできなかった。患者さんはいつも通りサバサバしていて、益々悲しくなった。その後どうなったのかは、怖くて聞いていない。医療の常識は必ずしも患者さんの満足度とは一致しない。患者さんの立場で一緒に考えることが大切なのである。私は、「忙しいところを無理して来たけど、今日この病院に来て良かったな」と思ってもらえるように、患者さんの満足度の高い医療を目指している。ここにその原点があるように思う。