本論文は、男性不妊の原因について、国家レベルの前方視的検討を行ったものです。
Hum Reprod 2017; 32: 18(エストニア)
要約:2005〜2013年にエストニア、タルトゥ大学病院でリクルートした不妊症夫婦(12ヶ月以上トライして妊娠したいない夫婦)のパートナーの男性8518名を対象に、精液所見とその原因検索を行いました。1737名(20.4%)に高度男性不妊(WHO定義で総精子数3900万未満)を認めました。なお、対照群として、妊娠中の夫婦のパートナーの男性325名を用いました。695名(40.0%)の方で男性不妊の原因が確認できました。原因を、絶対的原因(2次性性腺機能低下、遺伝的要因、精管閉塞)、重度の原因(悪性腫瘍、性機能障害)、可能性のある原因(泌尿生殖器奇形、後天的な精巣のダメージ)に分類したところ、原因が判明したのは、無精子症83%、無精液症100%、クリプト(精子が出たり出なかったり)42%、高度乏精子症26%、中等度乏精子症22%となりました。無精液症の最大の原因は性機能障害(72%)であり、2次性性腺機能低下の86%、精管閉塞の97%が無精子症でした。遺伝的要因(染色体異常、AZFabc欠失)の87%は無精子症、無精液症、クリプトのいずれかでした。また、泌尿生殖器奇形は精液所見との関連を認めませんでした。乏精子症ではおよそ3/4が原因不明となりますが、ここで言う原因の中にはリスク因子である精索静脈瘤や白血球精液症を含みません。原因不明男性不妊群と対照群を比較すると、精索静脈瘤(31.0% vs. 13.5%)、白血球精液症(16.1% vs. 7.4%)、慢性疾患(27.2% vs. 9.8%)、肥満(21.7% vs. 13.5%)の頻度がいずれも有意に高くなっていました。これまで男性不妊の原因とされてきたガイドラインに記載されている因子と、今回見出されたリスク因子がどの程度の頻度でみられるかまとめると次の表のようになります。
対照群 男性不妊群
絶対的原因
2次性性腺機能低下 0% 1.3%
遺伝的要因 0% 7.8%
精管閉塞 0% 5.9%
重度の原因
悪性腫瘍 0.3% 1.6%
性機能障害 0% 4.4%
可能性のある原因
泌尿生殖器奇形 1.8% 10.7%
後天的な精巣のダメージ 1.2% 6.6%
リスク因子
精索静脈瘤(G2-3) 12.0% 26.0%
白血球精液症 7.4% 13.5%
慢性疾患 9.8% 24.4%
肥満 13.5% 22.0%
解説:現在、およそ15%の夫婦は不妊症(12ヶ月以上トライして妊娠したいない夫婦)ですが、このうち約半数で男性不妊が認められます。男性不妊の原因については様々なものがあり、無精子症、無精液症、クリプトなどシビアなケースの原因は知られており、ガイドラインに記載されていますが、乏精子症などそれほどシビアでない場合の原因(あるいはリスク因子)については明らかにされていません。エストニアは人口わずか130万人の国家です。2005年にタルトゥ大学病院内に男性不妊センターが設立されてから、エストニアの90%以上の男性不妊患者はここで診療を受けるようになりました。このため、本論文の調査は国家規模のものでありながら、単一の施設で行われた極めて珍しい検討です。母集団は一致しており、検討項目や評価法もブレがありません。
本論文は、乏精子症などそれほどシビアでない場合のリスク因子として、精索静脈瘤、白血球精液症、慢性疾患、肥満の関与が考えられるため、これらをガイドラインに加えてはどうかと提案しています。しかし、これらは対照群にもみられるため、原因ではなくあくまでもリスク因子とのスタンスが必要でしょう。もちろん、絶対的原因でなければ、たとえば悪性腫瘍の方でも男性不妊とならず妊娠できます。本論文は、これらの事実をクリアにした、極めて貴重な論文と言えるでしょう。