ランダムスタート法の有用性は? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、ランダムスタート法にいち早く取り組んでいる上海のグループからの報告です。

Fertil Steril 2016; 106: 334(上海)
要約:卵胞期前期スタート(従来法)、卵胞期後期スタート、黄体期スタート、それぞれ50名の採卵から妊娠成績までを後方視的に検討しました。刺激のプロトコールは同一のものとしました。

卵胞期前期スタート:クロミッド(25mg)+MPA(10mg)+HMG(150〜225単位)+ダブルトリガー(トリプロレリン0.1mg+hCG 1000単位)
卵胞期後期スタート(主席卵胞>10mm、E2>75):トリガー(トリプロレリン0.1mg)後、クロミッド(25mg)+MPA(10mg)+HMG(150〜225単位)+ダブルトリガー(トリプロレリン0.1mg+hCG 1000単位)
黄体期スタート:クロミッド(25mg)+HMG(150〜225単位)+ダブルトリガー(トリプロレリン0.1mg+hCG 1000単位)

結果は下記の通り(NS=有意差なし、臨床妊娠率=胎嚢確認)

      卵胞期前期スタート   卵胞期後期スタート   黄体期スタート   P値
刺激日数     8.9日         11.4日         10.9日    0.000
採卵数      6.6個          5.9個          5.9個     NS
成熟率      87.2%         87.8%          88.1%    NS
受精率      85.7%         78.8%          78.8%    NS
良好胚率     37.9%         38.5%          43.6%    NS
キャンセル率   10.0%         22.0%          16.0%    NS
移植胚数     1.8個          1.7個          1.7個     NS
臨床妊娠率    41.5%         45.5%          38.9%    NS
妊娠継続率    39.0%         39.4%          33.3%    NS

解説: ランダムスタート法は2011年頃、癌患者さんの緊急採卵のために登場しました。2014年頃からは一般の患者さんにも行われるようになり、当院でも2014年から主にfresh TESE-ICSI(採卵とTESEを同一日に実施)の方に取り入れてきました。その内容は、先日のESHRE2016(欧州生殖医学会)で口頭発表させていただき、来月の受精着床学会では学会賞の候補演題に選ばれています。本論文と極めて同じ結果となっており、ランダムスタート法の有用性は揺るぎないものと考えます。

上海では遠方から受診される方が大変多いこと(78%)、中国人の国民性から「今すぐスタートしたい」せっかちな方が多いことから、ランダムスタート法を取り入れたという経緯があるそうです。当院では、fresh TESE-ICSIの際に取り入れたように、何らかの理由があって初めて実施する方法なのでしょう。また、本論文のグループは、黄体ホルモン(P4)に着目していることが特徴です。従来法の場合に、黄体ホルモンであるMPA(メドロキシプロゲステロンアセテート)が早発LHサージの抑制に有効であることを報告しており(Fertil Steril 2015; 104: 62)、刺激のプロトコールにMPAを採用しています。黄体期スタートの場合には、体内からの黄体ホルモンがあるため、MPAの投与はありません。かつては、黄体ホルモンが卵胞発育の邪魔になると考えられてきましたが、全く逆であることになります。ランダムスタート法は、これまでの常識を完全に覆すものであり、昔の考えに固執してしまう医師は怖くて実施できないでしょう。医学では、「過去の常識」は完全に証明されているのではなく、多くの場合「経験的」なものです。したがって、今後も「過去の常識」が覆されることがしばしばあると思います。その時に、如何に柔軟に対応できるかが医師として大切なことだと思います。