抗リン脂質抗体に対するビタミンDの効能 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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本論文は、抗リン脂質抗体に対するビタミンDの効能について示したものです。

Am J Reprod Immunol 2015; 73: 242(米国)
要約:ヒト妊娠初期胎盤の絨毛細胞株であるHTR8を用い、マウス抗ヒトβ2GPI抗体(ID2)を添加し、ビタミンDあるいはヘパリン(LMWH)存在の有無で培養を行いました。ID2は炎症性サイトカインであるIL8とIL1βを増加させますが、ビタミンD添加によりIL8とIL1βは有意に減少しました。また、ヘパリン添加によりIL8の変化は認められませんでしたが、IL1βは有意に減少しました。ID2は血管新生マーカーであるPIGFを増加し、血管新生抑制マーカーである可溶性エンドグリンを増加させますが、ビタミンD添加により可溶性エンドグリンとPIGFは有意に低下しました。また、ID2は血管新生マーカーであるVEGFに変化をもたらしませんでしたが、ビタミンDあるいはヘパリン添加によりはVEGFは有意に増加しました。ID2は血管新生抑制マーカーであるsFlt1に変化をもたらしませんでしたが、ヘパリン添加によりはsFlt1は有意に増加しました。この増加したsFlt1はビタミンD添加により有意に減少しました。

解説:血栓症でみつかる内科的な抗リン脂質抗体陽性の方とは異なり、不育症でみつかる抗リン脂質抗体陽性の方では胎盤に血栓は滅多に認められません。不育症の方では、サイトカイン産生、補体沈着、免疫細胞活性化などの炎症反応が胎盤で認められます。このような胎盤の炎症は、胎盤の浸潤が不十分になる、あるいは子宮内のらせん動脈の変化が不十分になり、胎盤機能不全(胎盤形成が不十分)となります。本論文の著者らは、これまでに抗リン脂質抗体(抗ヒトβ2GPI抗体、ID2、IIC5)による胎盤機能低下を報告してきました。たとえば、TLR4活性化によるIL8とIL1β増加や絨毛の浸潤抑制、血管新生の抑制などです。抗リン脂質抗体によるこれらの胎盤での変化に対して、ヘパリンやヒドロキシクロロキンが有効であることが知られています。

ビタミンD受容体は免疫細胞や絨毛細胞に発現することが明らかにされており、TLRや代謝に影響することが知られています。また、ビタミンD欠乏症と抗リン脂質抗体あるいは妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)との関連が示唆されているため、本論文の著者らは抗リン脂質抗体に対してビタミンDによる治療が可能ではないかと考え、この研究が行われました。本論文は、抗リン脂質抗体による胎盤機能障害が、ビタミンDによって治療可能であることを示しています。しかし、その作用機序は、炎症性サイトカイン抑制に限定的なものであり、血管新生に関してはマイナスにもプラスにも働きます。同様に、ヘパリンも炎症性サイトカインの一部を抑制し、血管新生に関してはマイナスにもプラスにも働きます。

なお、血管新生抑制マーカーであるsFlt1増加が妊娠高血圧症候群発症に関連するとの報告があります。本論文の結果では、sFlt1はヘパリン添加により増加し、ビタミンD添加により減少しますので、ビタミンD+ヘパリンの組み合わせによる治療が望ましいかもしれません。今後の研究の進展に期待したいと思います。

本論文の著者らは抗リン脂質抗体関連の論文を多数発表しています。下記の記事もそのひとつです。
2016.2.17「ヒドロキシクロロキンによる抗リン脂質抗体の新たな治療戦略」