☆新しい不育症の考え方:着床促進 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

流産や化学流産について、これまでの考え方を変える衝撃的な論文が発表されました。これまでの常識は、「異常な胚は淘汰され流産になり、正常な胚は淘汰されず発育して赤ちゃんになる」、「不育症の方では、異常な胚は淘汰され流産になり、正常な胚でも何らかの理由で発育できず流産になる」でした。本論文は、「不育症の方は、異常な胚も着床しある程度発育してしまうが、もともと異常なため途中で発育が停止する」というものです。このような発想はなかったわけで、不育症は着床障害の逆パターン(着床促進)という新しい考え方です。

PLoS One 2012; (7): e41424. doi: 10.1371/journal.pone.0041424(英国)
要約:反復流産の方6名と妊娠出産歴のある方6名から子宮内膜細胞を採取し、内膜間質細胞を単層組織で培養しました。この内膜細胞にピペット先端でひとつの線を引き、内膜がない部分を作成し、そこに胚あるいは合成トロフォブラスト球体(疑似胚)を置き、タイムラプスで観察しました。これは丁度、子宮内膜で胚を挟んだ状態に相当します。胚(良好胚、3PN胚)あるいは合成トロフォブラスト球体(疑似胚)が存在しない場合には、どちらの子宮内膜細胞にも動きがありませんでした。良好胚が存在する場合には、どちらの子宮内膜細胞も胚に向かって内膜細胞が増殖していきました。3PN胚(異常胚)あるいは合成トロフォブラスト球体(疑似胚)が存在する場合には、妊娠出産歴のある方の内膜細胞に動きはありませんでしたが、反復流産の方の内膜細胞は3PN胚(異常胚)あるいは合成トロフォブラスト球体(疑似胚)に向かって内膜細胞が増殖していました。合成トロフォブラスト球体の細胞数が、40細胞以上でこの現象が起こりました。

解説:流産を繰り返す方は、簡単に妊娠します。これは、着床し易い体質(着床促進)によるものではないかという仮説のもとに、本研究が行われました。本論文は、反復流産の方の子宮内膜細胞は何でも受け容れてしまい(着床促進)、胚の選別ができないが、妊娠出産歴のある方の子宮内膜細胞は、正常なもののみを受け容れる(選択的着床)ことを示しています。つまり、反復流産の方の子宮内膜は、良好胚の選別ができないことがその原因ではないかという考えです。

反復流産の方の着床促進の可能性を示す報告はいくつか存在します。子宮内膜のムチン1と抗接着因子が上皮のバリアになっていますが、反復流産の方ではこれらが低下しているという報告。反復流産の方では子宮内膜の脱落膜化が異常であり、着床の窓が継続して開いているのではないかという報告です。これと関連して、遅延着床の場合には、化学流産や流産の頻度が増加するという報告もあります。また、牛の子宮内膜では存在する胚の質の違いにより、遺伝子発現が異なるとされています。

PLoS ONEは無料で配信されているオンラインジャーナルですので、こちらPLoS ONE 7(7): e41424. doi:10.1371/journal.pone.0041424をクリックするとどなたでもご覧いただけます。英語はさておき、動画だけでもぜひご覧ください。反復流産の方の内膜細胞が、合成トロフォブラスト球体(疑似胚)に向かって増殖する様子(Video S1)と3PN胚(異常胚)に向かって増殖する様子(Video S2)がご覧いただけます。

本論文の見方を変えると、妊娠出産できる方の子宮内膜は、正常な胚を鑑別できる仕組みが備わっていることを示唆します。胚と子宮内膜はコミュニケーションをとっていると考えられていますが、コミュニケーションがなければ、このような胚の選別はなされません。そのメッセンジャーとして、胚から分泌されるシグナルや代謝産物が関与するものと考えます。