Q&A274 甲状腺機能低下、運動、気温、体調 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

Q 2013.12.3「Q&A164 45歳、受精障害、良好胚盤胞(AA・AB・BB)10個移植」つづき
フェマ-ラ1錠×5日+フォリスチム100×10日で誘発を行いD15で採卵、3個の成熟卵が採れました。しかし、形態的には何も異常がないにもかかわらず全て受精していませんでした。培養士の方に質問したところ質も悪い風には感じていない。通常なら受精する卵子だと言われました。こんな事は私にとっては当たり前で、全く受精しないか、受精したらほぼ胚盤胞に到達するかのどちらかです。採卵回数あたりの受精率は顕微授精にも関わらず30%程度です。採卵ばかりが増えます。
1年前まではクロミッド1錠+フォリスチム75の誘発で2~6個の卵子が採れていました。元々クロミッドで頭痛がしばしば生じていましたが、視覚障害が出たため中止し、その後フェマ-ラに変更しています。
甲状腺機能低下症のため30歳からチラ-ヂンS 50μgを服用しています。分かった時には生きているのが不思議だと言われるほどの状態でした。維持量が少ないため絶対に飲み忘れないよう指示されています。現在は正常値ですが、TSHが正常値をはみ出す事が時々あります。今回受精しなかった際に担当医から言われたのは、検査値が正常でも日々の甲状腺ホルモンの血中濃度が微妙に変化していて卵子に影響をあたえているのではないかということです。確かにTSHが多少はみ出している時の方が受精しているようで、これまで気になっていた運動量と受精率の関係があるのではと思っています。
①3年前に肝機能が悪くなり朝晩30分のウォ-キングを指示された時は全く受精しませんでした。甲状腺の数値は正常値でした。ウォ-キングをやめたところ受精するようになりました(勿論毎回ではありません)。
②12月から5月頃までは比較的受精してくれます。逆に8月から11月までは全く受精しません。寒い時に受精するのは、体調も良くない事が多く、仕事や家事が終われば、こたつで寝ている状態が殆どです。夏から秋にかけては体調の良い事が多く結構動き回っています。
今回はこたつで横になっていた記憶がありません。12月に採卵した時は、体調が悪く風邪薬も服用し、ほぼ寝ている状態でしたが胚盤胞になり凍結しました。動かない事で甲状腺ホルモンの消費が抑えられ卵子に良い影響を与えているのではないでしょうか。私の感覚としては、動きすぎていたり、運動を頻繁に取り入れると体調が良いにも関わらず受精しない悪循環が起きているように思えるのです。よく毎日2万歩歩くと胚盤胞到達率が上がると聞いたりしますが、恐らく私がそんなことをしたら、胚盤胞はおろか受精しないと思われます。私のケ-スは非常に稀かと思いますが、振り返ってみると、どうしても運動量と甲状腺ホルモンに原因があるような気がしてなりません。

A 非常に示唆に富む内容です。このような考え方は証明されていませんが、いくつかのヒントがあるように思います。以下はあくまでも推測の範囲でのお話になりますので、ご注意ください。

甲状腺ホルモンの受容体は全ての細胞にあり、酸素消費とエネルギー産生に関与しています。甲状腺ホルモンが増加すると全身の細胞で代謝が増加し、減少すると代謝が減少します。甲状腺機能低下症の方は、甲状腺ホルモン(fT3, fT4)が減少し、TSHは増加しています。代謝が少ないため、甲状腺ホルモン剤(チラ-ヂンS)を内服して甲状腺機能を維持すると、TSHは減少します。最近の論文では、甲状腺機能が正常でもTSHが増加していると、不妊や流産になりやすいという報告があり、TSHを<3.0あるいは<2.5に維持するのがよいとされています。甲状腺ホルモンの流れについては、2013.12.17「☆甲状腺ホルモンとプロラクチン」を参照してください。

ここで質問の内容を整理してみましょう。
良好胚:「TSHが高い」「運動していない」「寒い時期」「体調が悪い」「こたつでごろごろ」
不良胚:「TSHが低い」「運動している」「暑い時期」「体調が良い」
もし、運動によって甲状腺ホルモンが消費されるとしたら、TSHは増加します(減少した分を補おうとする仕組みがあるからです)。したがって、「TSHが低い」と「運動している」には関連がありません(むしろ逆です)。一方、「運動している」「暑い時期」「体調が良い」には「身体の代謝が良い」という共通点があります。だとすると、卵巣の代謝も良いはずですが、不良胚になっています。通常、甲状腺ホルモンは全身に均等に作用すると考えられていますが、もし不均等に作用するとしたら、「運動」によって筋肉で甲状腺ホルモンが使用され、卵巣では使用されないかもしれません。その場合には「運動している」「暑い時期」「体調が良い」と不良胚が結びつきます。しかし、「TSHが低い」とはならず、むしろ「TSHが高く」なるでしょう。同様に、「運動していない」「寒い時期」「体調が悪い」と良好胚が説明できます。しかし、「TSHが高く」ならず「TSHが低く」なるはずです。
甲状腺機能低下症が判明した時に生きているのが不思議だと言われるほどの状態だったとにことですから、この時点で、甲状腺ホルモンを働かせる臓器の優先順位がついた可能性を考えます。つまり、重要な臓器と動かしている臓器に甲状腺ホルモンが作用する仕組みに身体が変化し、その結果極めて少ない甲状腺ホルモンでも身体を維持できるようになったのではないでしょうか。現在もチラ-ヂンS 50μgという少ない量で維持できているのはそのためで、本当はもっと多くのチラ-ヂンSが必要なのだと思います。このような場合、卵巣の優先順位としては下位に属している可能性が高いですので、身体を動かすと卵巣には甲状腺ホルモンが回らない→良い卵子が育たないという図式となるのかもしれません。内科の医師は最少量の薬剤をチョイスしますが、妊娠を目指すにはもっと必要なのではないでしょうか。

また、季節的に夏の方が卵子が悪いことが知られていますので、「こたつでごろごろ」と良好胚がつながりにくいと思います。温度については、下記の記事を参考にしてください。
2013.7.22「☆季節により妊娠率•流産率は違うか?」
2013.8.4「☆温泉に入ってもいいですか?」