☆ERASプロトコールとは? | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

「ERAS」=「Enhanced Recovery After Surgery」、つまり術後の回復を促進するプロトコールで、ヨーロッパ静脈経腸栄養学会(消化器外科の学会)を中心としたグループが提唱しました(fast track surgeryとも呼びます)。術後回復に役立つ管理のうち、根拠があるものを組み合わせ、さらに迅速 な回復を目指したプロトコールです。消化器外科の手術といえば、腸管前処置と称してたくさんの下剤を術前に飲ませ、前夜からの絶飲食。術後もガスが出てから飲水を開始し、流動食からお粥へと徐々に固い食事に替え、通常食は1週間後にやっとといったスケジュールでした。この間は何日も点滴が入ります。産婦人科手術もお腹の手術ですので、基本は外科に準ずるものでした。ERASは、患者さんの負担を軽減し、早期回復できるように考えられたものです。

Clin Nutr 2005; 24: 466(英国)
要約:ERASプロトコールによると、これまでの常識を覆すことが多くあります。
1)腸管前処置:ルーチンには不要
2)絶飲食:飲水(清澄水:水、お茶、紅茶、スポーツ飲料など)摂取は術前2時間前まで、軽食(トースト、清澄水)摂取は術前6時間前まで、揚げ物や脂質を含む食事は術前8時間前まで可能。むしろ、術前に炭水化物含有水を摂取するようすすめています(患者の飢餓感、不安が減り、術後のインスリン抵抗性も減少するため)。
3)麻酔方法:長時間作用型のオピオイド(腸の動きを悪くします)の使用は避けるべきで、局所麻酔薬による硬膜外麻酔を用いると腸管の機能回復が早くなります。少量のオピオイドと局所麻酔の併用は、術後鎮痛として有効です。
4)輸液管理:輸液が過剰であると、術後の合併症が増加するので、経口飲水ができるようになれば、早期に点滴は中止するのがよいです。
5)術後鎮痛:胸部硬膜外麻酔を2日継続。アセトアミノフェン (4g/day) +NSAIDsを使用する とよいです。
6)術後食事:術後早期に経口摂取を始めるべきで、通常食までは経口補助栄養を併用することが推奨されます。

解説:かつては、誤嚥性肺炎を恐れるため、術前の腸管前処置や飲食の厳しい制限がありました。これには明確な根拠はなかったようです。ERASが登場してからは、それを支持する論文が多数発表されています。ERASプロトコルの要素を取り入れていくと入院期間、合併症が減少し、患者にとって満足度が高く、医療コストが減少します。
現在、ERASガイドラインの修正が行われ、新たに下記3項目が追加されました。
7)嗜好品の中止:飲酒、喫煙を手術4週間前から中止
8)術後鎮痛:腹腔鏡手術でTAPブロック
9)高血糖予防:インスリン注射を含めた血糖コントロールの推奨
また、上部消化管、産婦人科、整形外科、血管外科などで、早期退院を目指しそれぞれのERASプロトコルが模索されています。

最近、産婦人科の麻酔も変わってきました。帝王切開では誤嚥を予防するために、全身麻酔や鎮静剤を避ける、H2ブロッカーやプリンペランを用いるなどの対策が有効です。また、ERASでは麻酔前投薬(硫酸アトロピンや鎮静剤の筋肉注射)もしないことが推奨されています。硫酸アトロピンは患者さんの口渇などの不快感の割に効果が少ないこと、鎮静剤は少量では不十分だが増量すると呼吸抑制が生じることと歩いて入室できないことが理由です。術後も2~3時間後から飲水を開始し、術後翌朝には歩行します。これまでの常識が変わったきたのは麻酔の世界も一緒です。おそらく、明確な根拠がなく、経験的あるいは昔の教えとして伝えられてきたものだと思います。