診療の禁句 その2 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2012.2.19「診療の禁句 その1」では、めまいの診療における禁句とその対処法を紹介しました。不安を取り除きつつ、医療の限界も見え隠れさせながら、一緒に治療しましょうというスタンスが心身医学的アプローチです。これを、不妊診療にあてはめてみると、次のようになります。

不妊診療の禁句の一例は下記です。
1 あなた方ご夫婦の不妊症は原因不明
2 あなた方ご夫婦の不妊原因は、男性が原因です or 女性が原因です(精子が悪いです or 卵の質が悪いです)
3 (体外受精が最後の砦ですから)体外受精を繰り返す以外に方法はありません
4 体外受精で胚盤胞にならないので、胚移植できません(妊娠できません)


1 現在のところ、あなた方ご夫婦が妊娠されない原因はわかりませんが、不妊症の検査で原因が判明するのは約半数程度です。これは、直接検査できない場所があるからなのと、着床については現代の医学では未だ解明されていないからです。原因がはっきりしなくとも悲観することはありません。治療を進めながら、少しずつ異常が明らかになったり、それについての対処法(改善策)を一緒に考えながら前進することができます。原因を明らかにすることが目的なのではなく、妊娠することが目的なのです。
2 今までの情報からは、精子(卵子)に原因があるように思えるかもしれませんが、検査で明らかにならない部分も多くありますから、断定することはできません。たとえば、精液検査は顕微鏡での精子の見かけの姿しか見ていません。形がいいから良い精子なのかどうかというと、遺伝子レベルで見た場合にDNAのダメージが存在する可能性は否定できません。同様に、卵子も見かけの姿しか見ていません。実際に受精卵の染色体異常はかなり高頻度で存在しています。このように、現在明らかな情報だけでは不十分であり、夫婦どちらかの原因であると特定することはできません。ある一部にのみ目が向いていると、かえって他の異常を見落とすこともあります。
3 確かに体外受精を超える治療はありませんが、生殖医療の分野の進歩は非常に速いですので、私たち医療者は常に最新の情報にアンテナを張り巡らせ、最先端の治療を行っていくというスタンスを保ち続ける努力をしています。何度トライしてもうまくいかない場合には、新しい治療法の中から次のプランを提案することができます。その他、ライフスタイルの見直し、心理的要因の考慮、逆にstep downしてみるなど、試してみる価値のあることがたくさんあります。
4 体外培養の環境はかなり良くなっていますが、卵管や子宮内の環境と全く同じにはなっていません。ですから、体外培養で胚盤胞にならない方も、体内環境では胚盤胞になる可能性はあります。このような場合には、(胚盤胞移植より確率は下がりますが)分割胚移植を行ってみる価値があると考えています。

以上は、あくまで一例ですが、医学は完璧ではありません。どんなに医学が進んでも神の領域まで到達することはできないと思います。ですから、全てわかったような表現や簡単に断定するような表現はなるべく避け多くの可能性を頭の中で考え、言葉にも表現して、一緒に前を向いていくようなスタンスをとるのがよいと考えています。