疲労抜きジョグ一神教
今日も大先生がしゃべりっぱなし。
キロ8分台で走っているが左サイドの張りやふくらはぎのパリパリ感がひどいことを訴えるとだだだだだだだだだだと機関銃掃射のごとき演説。
「歩くところから初めて痛くないところ探って走ればそんなことにはならない。キロ8でも速すぎるのだ。キロ10分とか12分でもいいのだ」
「でもそれだと青島太平洋完走できないのでキロ8で走っているんですが」
さらにだだだだだだだだだだと疲労抜きのジョグの持論を展開。
「私の送ったメールをちゃんと読んでませんね。字面だけ読んでも身につきません」
(心の声)「あなたも私のメールを読まず一方的に差出人だけ差し替えた同じフォーマットのメールを送ってきてますよね」
患者一人一人に合えせてカスタイムズする気は全くないのだ。
治療は鍼と超音波。これがすごく効果があるんだとか。
これなら他の治療院でも出来ますけど。
「私の言ったとおりにやらないでやめていくランナーがたくさんいる」
→もはやこれは脅しか? 違うアプローチで故障もせずに速くなっていくランナーもいますが。
とにかく疲労抜きジョグの一点張り。
故障予防の一つの選択肢として疲労抜きジョグを考えていて、エポックメーカー的存在の大先生に話を聞いている。だがここまで行くと「疲労抜きジョグ一神教」。
自分を含めいくつかの疲労抜きジョグの成功者の話をして、それがすべてのように言うのは極端な一般化だ。
こちらもつい本音が
「これまでたくさんの治療、治療家に裏切られてきたので治療の効果は正直期待していませんから。話を聞くのが目的なんで」
「鍼、超音波は効果があるのだ○×○×○×」
話の中で出てきた多くのランナーが駆け込み寺と称す治療院。
痛さが売り。痛さに耐えれば治ると言う我慢強いランナー心理をついた巧妙なビジネス。という点では話が一致した。
治療家なんて「鍼の痛さ」であったり「著名アスリートに支持されている」とか「疲労抜きジョグ」商売道具は違ってもただのペテン師だから。
人の身体を人が治すなんておこがましい。
治すのはその人間の自然治癒力だ。それを引き出すプラシボは鍼でもマッサージでも疲労抜きジョグでもなんでもいいのだ。
溺れる者は藁をも掴む。人の弱った心につけこむビジネスだ。