ご祖先さまのはなし | lifestyle atelier MAGNOLIA 料理とアロマ、暮らしの教室

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オリンピックが始まりましたね。

開会式もLIVEでしっかり観ました。

上空でのドローンの演出が素晴らしかったですね。

MISIAさんの歌も素晴らしかったです。


天皇陛下のお席が、バッハ会長と並んでいることがすごく違和感がありました。


天皇陛下って、世界でもっとも歴史ある最古で最後の皇帝だから、世界で一番高貴なお方のはず…


なんだか、天皇陛下の扱いがすごく雑だなぁと思ったのは、わたしだけではなかったみたい。

天皇陛下が開会のご挨拶してくださっている最中、後ろに映り込んでいた内閣総理大臣、よそ見して着席したままだし…え…天皇陛下にとても失礼では??と思っちゃいました。。


あまり批判を語るのは好きでは無いのでこの辺にしておいて。


その流れで、天皇陛下って何代目でいらっしゃるのかな?とか調べていました。


126代目!!すごい歴史だなぁ。。。



実は、わたしのご先祖さまがこの中にいらっしゃるんです。


59代目の宇多天皇


わたしの旧姓は松下というのですが、父の実家であった祖母の家には、家に代々大切に受け継がれてきたたくさんの資料がありました。その中には、家系図の巻き物があって、現在も、私たちのことも書き記し続けられています。


直系の先祖で歴史に名のある人物は


松下筑陰

(まつした ちくいん、明和元年(1764年) - 文化7年8月24日1810年9月22日))は、江戸時代中期から後期の儒学者。は夷。字は世民。通称は勇馬、文之進。

筑後久留米藩に仕え、のち豊後日田に住む。寛政6年(1794年)、佐伯藩毛利高標に招かれ、藩校四教堂の教授となる。門人に広瀬淡窓などがいる。



さらに遡っていくと、源頼朝のいとこである


佐々木高綱も私のご先祖さまです。


(ささき たかつな)は、平安時代末期から鎌倉時代初期の武将である。

近江国佐々木庄を地盤とする佐々木氏の棟梁である佐々木秀義の4男。母親を通じて源頼朝源義経源義仲らは従兄弟にあたる。『平家物語』や『源平盛衰記』にその活躍が描かれ、宇治川の戦いにおける梶原景季との先陣争いで知られる。歌舞伎の『鎌倉三代記』にも登場し、非常に人気のある武士である。のちに金剛峯寺へ出家。


で、佐々木高綱のお母さんの曾祖父は源義家なんですね〜。


この宇多源氏は、第59代宇多天皇の皇子・諸王を祖とする源氏なんです。


わたしの実家である松下家の家紋は角立て四目結い

なのですが、宇多源氏の家紋がまさに、これなんです。





佐々木高綱も金剛峯寺出家してますが、宇多天皇も31歳で譲位されてから仁和寺に出家し、法皇になられているんですね。真言宗。


ときどき、出家したくなるわたしの衝動は、血でしょうか。笑


また、宇多天皇は菅原道真をとても信頼して重用していたそうで、和歌にも堪能だったとか。残っている資料で学ぶ限り、向学心のある頭脳派という印象です。松下筑陰は儒学者ですし、うちの家系は【学問】や【仏道】に縁があるように思います。


代々、受け継がれてきた資料や家系図があって、それを父が、わたしが幼い頃からよく話聞かせてくれたおかげで、こうやって自分のルーツを知ることができています。


天皇陛下とも、1100年遡ると祖先が同じという、遠い遠いご親戚なんだと思うと、画面を見ながらとても不思議な気持ちになります。遺伝子レベルでは繋がっているんだよなぁと…


こんなことを記すだけでバチがあたりそうです、平民が本当に恐縮なことを書いてしまってすみません…滝汗


娘だったり、長男でなかったり、分かれて分かれて、日本にはたくさんの遠い遠い親戚がいるんだろうなぁ。


もっともっと遡ればほとんどみんな親戚なのだろうけど。笑


話が先祖の話になってしまいましたが、オリンピックの試合を見ながら毎日号泣しています。

本気で頑張っている人たちを見ると、本当に心が震えますね。本気で努力を重ねてきたみなさんは、最高にかっこいいです。


感動をありがとう!!