紅茶を淹れて注いだときの最後の一滴を「ゴールデンドロップ」という。

 

とても濃密で香りや成分が凝縮された最高の一滴とされる。

 

 

1988年1月~6月

 

これは自分が高○2年生から3年生にかけての話です。

 

既にパチンコデビューは果たしておりましたが、部活で帰りが遅くなることもありそれほど多く打てていた訳ではありません。

 

電車で通学でしたので必然的に駅前商店街にあったお店が主戦場。

 

「平駅」時代には10店舗ほどあった時期もあり、街の至る所から軍艦マーチにのってチンジャラと玉を弾く音が聞こえてきたものです。

 

以前からパチンコに興味津々だった自分が足を踏み入れるまでにそう時間は掛かりませんでした。

 

当時の閉店時間は確か21時30分だったと記憶しています。

 

ちょうど三共の新台「ロボスキーⅠ」が導入され始めた頃のこと。

 

普段同じ店で「ビッグシューター」ばかり打っていると、たまには違う店で違う台も打ってみたくなるもの。

 

三共の羽根モノと言えば少し前に登場した「コンバットⅠ」や「モンスターⅠ」の様に重厚なイメージが強かったので、ファンタジーな見た目とラウンド中に流れる軽快な音楽が自分的には三共っぽくないと感じる一台でした。

 


「ロボスキーⅠ」(三共)1987年

 

大当たり終了時に羽根に拾われた個数がデジタル表示されるようになっており、完走して普段より多く取れたりすると嬉しい。

 

いつも勝負は2,000円まで。

 

小箱(800個)一つも出ればすぐにヤメ時を探し始めていました。

 

交換率は2.5円でしたので使わずに残ったお金がそっくり勝ち分になります。

 

例え負けたとしても数百円は残すようにしていました。

 

キヨスクで買ったチップスターを食べながら帰るのがささやかな楽しみだったのです。

 

今日も帰りにパチンコを打つ時間はありません。

 

街には冷たく乾いた風が吹いていました。

 

ルーレットの付いた自販機でホッカイロ代わりに温かい「ミルクセーキ」を買うと、これが大当たり!

 

もう一本同じミルクセーキを。

 

 

こんな日にパチンコ打ったら大勝ちだっただろうな。

 

きっとそんな風に思ったに違いない。

 

まだデジパチデビューもしていませんでしたので、たかが知れてたでしょうけど。

 

ここからはミルクセーキのように甘くてちょっと切ない自身の思い出話を。

 

お時間のある方はご覧ください。

 


 

駅に着くと既に電車がホームに入っていた。

 

福島県の浜通りを縦断する常磐線、その主要駅である「平駅」は始発電車も多く、こうして30分前から駅で待機していることも珍しくない。

 

平均して1時間に1本くらいの運行数でしたし、ちょっとのつもりでパチったりして終電まで乗り過ごしたら大変なことになるので余裕をもって乗車しておかねばなりません。

 

乗客はそれほど多くなく、仕事帰りのサラリーマン、バイトや部活で遅くなった高校生など車両の中はいつも見掛ける顔ばかり。

 

ただあの日は違っていた。

 

いつもの席でぼんやり発車時刻を待っていると、普段この車両では見たことのない女性が向かいにちょこんと座る。

 

「あの、良かったらどうぞ」

 

とっさに二本持っていたミルクセーキの片方を彼女に差し出した。

 

これを世間一般ではナンパと言うのだろう。

 

なぜそのような行動に出たのかは自分でも良く憶えていない。

 

彼女は嫌な顔一つせず受け取ってくれた。

 

某高校の生徒なのは制服を見てすぐに分かりましたが、共通の知り合いの話などから自分より一つ年上の三年生だということを知った。

 

つまりそれは間も無く卒業を控えているということを意味する。

 

既に地元にも支店のある某銀行への就職が決まっているのだという。

 

彼女の手の中のミルクセーキはすっかり冷めていたはず。

 

もしかして甘いものは嫌いだったのかな?

 

そんなことを聞く間も無く一つ目の駅を通り過ぎていく。

 

彼女は自分より先に降りなければならない。

 

まだ次に会う約束もしていないのに。

 

何とか名前だけは聞いておいた。

 

縁があればまた逢えるかも知れないと思ったが、次はそれからすぐに訪れる。

 

彼女は車の免許を取る為に教習所に通っていて、その後も度々帰りが一緒になったのでした。

 

バレンタインデーにはまだ義理か本命か曖昧な感じだったと思う。

 

しばらくして教習所も終わり卒業、就職、新人研修と彼女が忙しくなるにつれだんだんと会う機会も減り、ほとんど自然消滅のような形に。

 

彼女が再び姿を見せたのはゴールデンウィークが明けた頃でした。

 

化粧をした彼女がとても大人に見えた。

 

銀行の本店で研修があって一ヶ月ぶりに帰ってきたのだとか。

 

そう言えば以前に地元を離れるのは嫌だから行きたくないと言っていたのを思い出した。

 

むこうでの採用の話もあるらしく悩んでいるようだった。

 

まだ携帯もスマホも無い時代。

 

そのことでたった一度だけ家に電話をしてきたことがある。

 

しかし自分は何も言えず、彼女が自分に求めていることすらも分からなかった。

 

こちらの気持ちを確かめたかったのかもしれない。

 

とにかくその時は青すぎて何も言ってあげることが出来なかった。

 

どんな思いで一人研修先での日々を送っていたのか。

 

彼女のことを考える時間が増え、これまでのことを後悔した。

 

そして夏休み前に生まれて初めて告白の手紙を書いて渡した。

 

文面は忘れましたが付き合ってほしいということを伝えた。

 

何日かして帰りが一緒になったとき、返事と思われる手紙を受け取った。

 

彼女が電車を降りた後、車両中に心臓の音が聞こえてるんじゃないかってくらいドキドキしながら読んだのを憶えている。

 

しかしその内容は期待したものとは違っていました。

 

そこには以前ある競技の全国大会で知り合った人に告白されたこと、その人が突然卒業式の日に迎えに来たということが書かれてあり、表現方法は忘れましたが遠まわしに純真では無いことも示唆していたように思う。

 

自分の手紙への答えはイエスともノーとも書かれてはおらず、これをどう理解して良いのか分かりませんでした。

 

ただイエスではなかったことにショックを受け、勝手に無理なんだと決めつけた。

 

その人とは今どうなっているのかも確認せずに。

 

彼女は大人だから、きっと自分を傷付けないようにやんわりと断ったのだろう。

 

その時はそう思った。

 

地元から遠く離れた本店での勤務が決まったのを知ったのはずいぶん後になってからだった。

 

それからは彼女のことを忘れようとパチンコを打つ毎日。

 

おかげでかなり上達しましたが。

 

 

人生経験を重ねた今ならこうも考える。

 

大切な人になら本当の自分を知ってもらいたいものだ。

 

洗いざらいを打ち明けて受け止めて欲しかったのではないか。

 

もしそうだったとしても、あの頃の自分はそれに気付くことすら出来なかった。

 

ただ結果としてこんな自分と付き合わずに済んだことは彼女にとって良かったのだろう。

 


 

昔のパチンコ・パチスロを打ったりすると、それに紐付く様にして当時の出来事やエピソードが呼び起こされることがある。

 

この話も記憶の奥底に封印されていたもの。

 

長い時を経て青春の思い出が凝縮されたゴールデンドロップが滴り落ちてきたのです。

 

また忘れてしまわないようここに書き留めておきたいと思う。

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。