この言葉、なんと読むか?
満州事変が勃発したのが、1931年、昭和6年。昭和10年前後は、支那をどのように扱うか、ソ連との関連をどう考えるか、で陸軍の中の考えかたは、大いに触れていたんです。その中で、この言葉がでてきたそうです。もともとは、暴支膺懲(ぼうしちょうよう)という言葉の最後の2文字です。暴れる支那を懲らしめなければならない、という意味だそうです。
今から80年位前、良いか悪いかは別にして、陸軍の高級官僚連中は、成績の良い人たちではあったわけですので、今と違って、政治的スローガンも、漢字の難しい言葉が多いです。僕なんか、知るはずがないです。
水戸のご老公が、『懲らしめてやらなければなりません』とお供に言いますよね、あれが「ようちょう」なんですね。
この言葉は、昭和陸軍全史2 日中戦争 川田稔著、講談社現代新書 の最初の方に現れました。
梅干飴の個人的感想としては、放って置くわけにはいかなかったのか、ということです。