日本はガラパゴスだらけだ、との話が新聞に書いてありますが、本当だと思います。


産業の活力をいかに上げるか、に腐心しているはずの経済産業省直下の、○○会館ってのがあります。○○産業会館、○○中小企業会館と言う名称の会館ですね~、こういうところ、一律に電子メールを受け付けるようにできていない。いまだにFaxのところが多い。Faxがなにゆえに時代遅れであるかを列挙します。

① 通信が遅い。

② 金額が高い。

③ 同じ情報を効率よく流せない。

④ マイクロソフトオフィイスでは、差込印刷でメールが流せます。


未だにFax番号を書いて平気で言いるようなところは、重罪だと思います。

本日、所用がありまして都庁に参りました。まず第一庁舎に行きまして、○○の場所はどこかを聞いたところ、第一庁舎の3階だと案内嬢が教えてくださいました。

本日は、一斉検査の日で荷物検査を受けました。で、何階に行くのかがわからない人は、荷物検査を受ける前に案内嬢のところに行き、紙切れに行先階数を書き入れました。勿論荷物はパスした後、検査嬢が私をどんどん引っ張っていこうとするので、私がどこに行きたいかもわからないのに、やめてくれ、案内嬢に指示に従いたい、と言って、三階に行ったわけです。


で、3階で所要をたそうとしたところ、「それでしたら第二庁舎のどこどこです」というじゃないですか。最終的にはそこに行って用事を済ませたわけですが、案内嬢が一発で場所を案内できない、というのは問題でないでしょうか?


東京都には無駄が多いような気がします。

ダシール・ハメットという作家名前をNHKのラジオ深夜便で知って、さらにウィキで調べた結果、原本を買おうと、丸善に行ったんです。ところが、4階の洋書売り場についたところで、名前が出てこない。困った。


そこで、売り場の女性店員さんに、『マルタの鷹、血の収穫の著者は誰でしたっけ?』と教えを請うたところ、『あー、ハードボイルドの』と言ってハメットの本が数冊おいてある場所に連れて言ってくれました。助かりました。


こういう店員さんがいるのは、素晴らしいと思いませんか?


そうなんですね、ダシール・ハメットという作家は、ハードボイルド文体の創始者です。で、買ってなかったP.D.Jamesもついでに買ったのですが、まるで違う文章です。長い。ハメットは短い。ぶつぶつという感じ。


今ですね、やることが膨大にあるときになって、こういう娯楽小説が読みたくなるのが、私の非常に悪い癖であります。

文科省の所掌業務であるにも関わらず、大臣の対応に我慢がならず、首相が登板にするに至ったわけですが、ぬけていることがあります。下村大臣が責任を取っていないことです。


まず、下村大臣は辞任すべきです。首相から見れば、ことここに至っては、下村大臣、および関係局長の無能&勉強不足に関しては、更迭 という形で、責任を取らせるべきであります。官房長官は、何を考えているのでしょう?


安倍首相の人気低下を少しは防ぐ効果があるかもしれません。


これには、無数の真面目に働くエンジニアへの共感を呼ぶ、という効果もあると思います。


現下の自由民主党で安倍首相は独裁のように強いとのことですが、下村文科相の首も切れないとすれば、強いというのは誤りではないでしょうか?

安藤忠男氏は、エンジニアとしては失格だ、と昨日書きました。NHKラジオ深夜便での彼の自慢話を聞きますと、なまじっかの努力ではないことは分かりました。彼は、基本的に現場上がりであるにもかかわらず、偉くなってコストを考えなくなったのでしょうか?


しかし、この問題には、もう一つの側面があると思います。つまり、安藤忠男なる建築家をどう使うか、という観点です。安藤には形の面白さを担当させ、もう一つのグループには構造面、技術面、価格面を検討させ、この2つの要素を総合的に判断する、という総合機能です。コンペをやってそのまま採用する、という意志決定方法が、そもそもの誤りなのです。これは、文科省に脳がなかったということと思います。


このような建築家は、いわば施主(新国立の場合は国民でしょう)の意向を無視して、自分はつねに正しく、それを実行する設計家と同じです。このような建築家は、ふつうの戸建て住宅の設計を請け負う居るということです。こういう設計士は、『機能』よりも『見てくれ』を重視します。格好いいけれども、使いにくい家になってしまいます。


建築家の形に関する美意識 は、何ら客観性がありません。ふつうの工学では、形には物理があります。理屈、つまり物理現象を記述する基礎方程式の解、があります。見てくれ至上主義者には、自意識しかありません。この自意識とは、具体的にはある建築空間をすっきりさせるには、ここに水平線があるのは邪魔だ、と称して、安全上必須の手すりを設けない、というようなことを平気でします。例として、B787の翼がより鳥の翼に近いので美しいのであり、それを可能にしたのは、炭素繊維の強度によるのですし、ホンダジェットの翼の上にジェットエンジンが設置されているのも、計算をしているからです。飛行機の設計家は、エンジンを翼の上に置きたいから置いているのではないのです。


まとめると

①建築家の造形美ほどいい加減なものはありません。構造計算ができない人物を建築家とみなして不味いと思います。

②新国立競技場の件、意思決定の構造を作ったお役人か、政治家か、あるいはその両方に脳がなくって、安藤某を暴走させた、と思います。

③建築家協会は、何らかの声明をだすべきと思います。それは、安藤某に限った話ではないからです。