中国古典、と言ういい方が良いかどうかわかりませんが、大体、そもそもの始まりは、漢文です。漢文というのは、私めの場合は、高校で始まったんです。で、教科書の題材は、孔子、李白、杜甫でした。抹香臭くって面白くなかった。
科挙になかなか合格できず、国に帰って酒がうまい、みたいな詩は、高校生には受けないでしょう。
で、現代中国と言えば、もちろん中国共産党です。ほとんどすべてが中国共産党ですね。これは、そもそも現代日本人には受けない。しかし、毛沢東が詩人であったし、奥さんが何人もいた、というのは、古代中国の英雄にはちょっと似てます。
中国には4回行ったことがあります。中国人の研究者が私の研究グループに1年間いたこともあります。しかし、中国は好きになれませーん、と言う状況がずっと続いていました。
この考えが少し変わったのは、Gyaoで中国の映画をみた結果です。吉川英治の三国志は読んだことがありますので、三国志、Three Kingdomを見ました。
吉川英治は、赤壁の戦いで話がおわりますが、Gyaoはそうではありません。
悪役の曹操、善玉の劉備、中立の孫権が主役でして、非常に面白い。面白いというのは、テレビのお笑い芸人が人を笑わせる、と言う意味とは全然違います。命を懸けて、全知全能を傾けて戦う、という行為自体に魅力があるのです。ロマンティックだと言っても良い。
三国志の場合、特に、このGyaoの映画では、劉備が善玉になっていますが、私めには、悪役の曹操に魅力があります。なぜ曹操が悪玉なのか、理解できませんでした。戦争に負けた場合、自分の采配に問題があった場合には、「わしが悪かった」とあっさり言うのですね。こんなことは、会社ではありえない。まー、もちろん物語のなかでの話ですけれども。こういう点、劉備は漢朝の末裔であることが唯一の正統性です。孫氏の娘を嫁にもらったり、波乱万丈ですが、奥方が今夜は月見だ、から早く帰ってこい、というのを無視して、才人を見つけたとのニュースに、すぐに行動を起こさないと逃げられてしまう、と馬を走らせ直接自分で出かけるシーンなど、最高責任者が才能ある人を周りに配置することにかける努力たるや、相当なものがあったことがよーくわかります。
現代でもこれは全く同じであるはずで、これをやらないと国はすぐに傾いたのが、古代中国です。この点で、日本の政府の大臣配置、政治家の選択はどうなっちゃっているのかを考えると、悪口を言うだけでは話はすみませんね。
この映画を最後まで見て、84回シリーズでした、ちょっと中国古典に興味が湧いて、何冊か読みました。1冊は、三国志学会会長の渡辺と言う人の、三国志と文学だったかな、というような題の本です。曹操は、国を盛んにする手段として、文学、文芸を盛り立てようとした。実際、曹操の詩も残っています。儒教の影響を除こうとした、というのが目的だったそうです。そして、本は漢詩をいくつも引用しています。
もう一冊、岩波新書で、三国史の内容が時代とともにどう変遷していったか、というもの。劉備を長兄とする義兄弟三人組の一人、雲長だったかな、が、逃げる曹操を、昔世話になったことを理由にわざと見逃す、という安宅の関のような話は、後世の作り話だ、というようなことなんですが、時代とともに、大衆受けするようになった、ということもあるようです。
このあと、孫子のことも、述べたいと思います・・・・・・・
いずれにしても、孔子様、李白、杜甫の詩の解説よりも、三国志や孫子の兵法に絡めて、漢文の授業をやってもらっていれば、じいちゃん(漢文の先生のあだ名)の話はもっともっと記憶に残っていただろうと思います。 今の漢文の授業の題材は何なんだろうかな、と思っている次第です。