社会選択について考える。

アローの不可能性定理について馬鹿な自分にも理解できるように噛み砕くことにする。

アローの結論は、「社会の中の個人が選好(どっちが好きかっていう価値観)を持っているとき、

そうした個人の選好を総合しても社会全体の選好にはならない。」というものである。


もちろんこの結論を出すにはいくつか前提がある。「もし○○のとき、~~だ。」というのが証明の基本形である

ことを考えれば前提も許されよう。(例 もし三辺等しい三角形ならば、3つの内角はそれぞれ60度である)


前提

①選好は推移的(リンゴ>みかん、 みかん>わかめ ならば リンゴ>わかめ がいえるということ。)

②選好は完全(各個人がみな選好を持っている。つまり、すべての個人がすべての物事の好きさに順序をつけられる。)

③ここでいう社会とは三人以上の当事者から構成される。


(ちなみに < > = は好きさの上下関係を示す。好きさの不等号、等号だと思えばよい。)


また、結論に至るために、条件も4つ用意されている。少々Ifの部分が多い気がするが、すべてふつうの社会においては当然だと思われることなので、条件が多くとも広い範囲に言える結論が出せるだろう。


条件

①選好する当事者は、いかなる選好順位をつけてもよい(制約や強制はない。自由)

②二つの選択肢の順位は、それ以外の選好により変動することは無い。(りんご>みかん>わかめ>にんじん といってた人に、「わかめとにんじんを入れ替え、にんじん>わかめ になるんならりんごとみかんの順位も入れ替えてみかん>りんご にする」とは言わせない!)

③りんご>みかん の人が少なくとも一人はいて、 みかん>りんごの人が社会にひとりもいないのであれば

 社会的に りんご>みかん の選好が最善であると判断する。

④ある個人の選好だけで社会全体の選好が決まるといった独裁は行われない。


証明

もし上記の条件と前提をみたしつつ、3人以上の社会でどの食べ物が最強(においしい)かというのを

社会的に決めようとしたとする。そのとき、民主的な方法では最強の果物を決められないという証明をする。


まず、すべての人が「りんご大嫌い状態」でリンゴの選好が全個人で最下位だとする。

このとき社会的にもリンゴが最悪な食べ物であるということには何の疑問も無いだろう。


しかし、その社会から一人をえらび(Aさんとしよう)、その人の「リンゴ好き度」がだんだん上がってきたとする。

そして、Aさんは「リンゴが最強でしょ」というほどにまで、リンゴを愛する人間になったとする。

同様に、社会の中のBさん、Cさんも、リンゴ中毒になり、リンゴを最強と謳うようになるとする。


そうすると、もちろんのこと、リンゴの社会的順序も上がってくるだろう。しかし、リンゴの社会的順位

が最下位で無くなると同時に、リンゴの社会的順序は最上位になっているはずである。


なぜなら、もし5人の選好者からなる社会だったとすると、3人がリンゴを最悪と評価しているうちは、リンゴは

社会的に最悪だと考えられるからである。しかし、Aさん、Bさん、Cさん。。とリンゴ中毒者が増え、

リンゴを最上位におく者が3人になったとたん、リンゴの社会的順位は1位になるからである。


このとき、2人目までが着実にリンゴ中毒者となり、3人目がもし、

リンゴ中毒者にはならず、みかん>リンゴ>桃>・・・・というような選好をしたとすると、

それまでリンゴが社会的に最悪だったので、3人目の人が一番好きだというみかんには社会的にも

かなわないことになる。

なぜならほかの2人に関してもみかん>リンゴという選好が成り立っているはずだからである。

同様に、リンゴと桃の社会的選好に関しても、3人目の人の「リンゴ>桃」が社会的な

選好に決定される。


つまり、リンゴのかせがあることにより、みかんと桃に関して3人目の人は独裁的であるのだ。

もちろんこれが、桃とメロン、メロンとスイカ、梨とグレープフルーツであったとしても、リンゴより

上においたものは「最強果物」となり、リンゴより下においたものは、「リンゴ以下の果物」となる。


これは例で用いたように5人の社会以外でも成り立つ。

境界にたつひとが独裁者となりうるのだ。


よって条件の④が満たされないことになるので、矛盾が生じる。

だから、①②③の条件を満たしていたら④が満たされないので、①②③④を同時に

満たすような社会選択のしかたは存在しない。




他人のブログにあったものを自分にわかるように書き直したが、アローの不可能性の定理の証明は

「個人の選好の総合が社会の選好にはならない。独裁者を生まずに。」を証明するものにしかなっていない

感じがしてならない。


やはり、定理の証明というより、

x>y>z

y>z>x

z>x>y

っていう選好があったら社会的にのぞましい選好をつくれないでしょ?っていわれたほうが

あー。って納得しやすい気がしてきた。



ちなみに、個人の選好順位に、1位に○点、2位に△点、というように点数を加重して順位を決める方法なども

あったきがする。