幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術である(ポアンカレ) | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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ポアンカレ予想を寺子屋で扱うにあたり、ペレルマンだけではなく、ポアンカレについても学習を進められていることと思います。

ちなみにポアンカレはいわゆる多様体のトポロジーに関する論文は6篇書いています(「科学アカデミー報告」に掲載された3篇の短いノートを別にすれば)(引用と参照は「ポアンカレ トポロジー」朝倉書店より)。

1895年(明治28年)に最初の論文である「Analysis situs(位置解析)」が書かれ、それから1899年に位置解析への補足、1900年に位置解析への第二の補足、1902年に第三の補足、第四の補足が書かれ、1904年にいわゆるポアンカレ予想を含む第五の補足が書かれています。



ポアンカレは1854年の生まれなので、ちょうど40代の10年間にトポロジーの土台ができたと言っていいでしょう。

その第一論文「位置解析」の序論から引用します。位置解析とは現代で言うトポロジー(位相幾何学)です。

(引用開始)
 n次元の幾何学は実体のある対象をもっている。今日ではこれを疑う人はいない。
超空間の存在物はふつうの空間におけるそれと同様に、正確に定義できるものである。そしてもし定義を提示できるならば、われわれはそれを心にえがき、それを研究することができる。したがって、たとえば3より高い次元の力学は対象のないものとして非難されるのが当然だとしても、超幾何学はそれと同じではないのである。
 実際、幾何学はわれわれの触覚に触れる物体の直接の記述だけを唯一の存在理由としているわけではない。それは何よりも、ある群の解析的な研究である。その結果、それと類似した、そしてもっと一般的な他の群を問題としても一向差支えない。(略)
幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術であるとよくいわれている。ただしその図形は、われわれを誤らせないためには、ある条件を満たしていなくてはならない。すなわち大きさの割合は大ざっぱに変えてよいが、その各部分の相対的な位置を乱してはならない。
 このように、図形を利用するということは、何よりもまずわれわれの研究の対象物の間のある関係を知ることがその目的である。その関係は位置解析(analysis situs)とよばれる幾何学の一部分を占めるもので、そこでは曲線、あるいは曲面の大きさは問題としないで、その上の点の相対的な位置関係を問題とする。
 超空間の存在物の間にも同様な性質の関係がある。したがってリーマンやベッチがそれを示したように、3より高い次元の位置解析というものがあるのである。

(引用終了)(ポアンカレ トポロジーpp.2-3)

幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術である」とはポアンカレを語る上で、欠かせないセリフですが、引用を見ても分かるように、これは伝聞として書かれています。Stay hungry, stay foolishがJobsの言葉として知られますが、実際は引用であるのと同じです(イエスのエリ・エリ・レマ・サバクタニも同様です。もしくは「人はパンのみにて生くるにあらず」も。どちらも旧約からの引用です。)。

それはさておき「下手にえがかれた図形について上手な推論を行う」とはどういうことでしょうか?

ポアンカレはその条件として、「大きさの割合は大ざっぱに変えてよいが、その各部分の相対的な位置を乱してはならない」と言います。大きさの割合を大ざっぱに変えるが、その各部分の相対的な位置を乱さないというのはどういうことでしょう。

それはすなわち取っ手のついたコップがドーナツにも見えるということです。


*コップがドーナツに連続的に移り変わる様(ホモトピー)が見て取れます。


ユークリッド幾何学が不変の硬い幾何学であったのに対して、こちらはグニャグニャの柔らかい幾何学です。ポアンカレは位置解析と言いましたが、ギリシャ語でtopos(位置)とお馴染みのlogos(論理)を組み合わせた造語としてtopology(トポロジー:位相幾何学)と現代では呼びます(上記の図も含めてWikipediaより)。

ざっくりと言えば、路線図もトポロジーですし、ネットワークはトポロジーでしょう。点と線のグラフ理論もトポロジーと言えます。

幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術である」という印象的なセリフはこれだけでもかなり深く掘り下げることができます。

たとえばわれわれは最近で言えば、カントの現象と物自体を思い出します。下手に描かれた図形が現象であり、その奥にある「物自体」が点や線という幾何学的な概念です。
もしくはプラトンが国家において書いたとおりです。

(引用開始)
地下にある洞窟状の住まいの中にいる人間たちを思い描いてもらおう。(略)
そのような状態に置かれた囚人たちは、自分自身やお互い同士について、自分たちの正面にある洞窟の一部に火の光で投影される影のほかに、何か別のものを見たことがあると君は思うかね?(略)
彼ら(幾何学者:引用者注)の論証の対象は四角形そのもの、対角線そのものであって、図形に描かれる対角線ではない。彼らは思考によってしか見ることのできないものを、それ自体として見ようと求めているのだ。

(引用終了)

幾何学者の対象は四角形そのもの、そこに引かれた対角線そのものであって、下手に描かれた目の前の図形に描かれている不完全な対角線ではないということです。これは当たり前ですが、重要なポイントです。
ということはそもそもの始まりから、「「幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術である」のです。

その視点から、ユークリッドの幾何学を考えると腑に落ちます。

ユークリッド原論の冒頭からの引用です。

(引用開始)
定義
1.点とは部分のないものである。
2.また、線とは幅のない長さである。
3.また、線の両端は点である。
(略)
23.平行線とは、任意の2直線で、同じ平面内にあって、限りなく側のどちらに延長されても、どちら側でも互いに交わらないものである。

(引用中断)(ユークリッド原論 第Ⅰ巻 エウクレイデス全集第1巻 東京大学出版会 p.180)

そもそもわれわれが現実世界において、部分の無いものを描くことはできず、幅の無い長さを描くこともできません。
ですので、われわれが公理と考える5つの「公準」(もしくは「要請」。東京大学出版会は公準ではなく「要請」としています)だけではなく、定義すらも要請されたものでしかないということです。繰り返しになりますが、点という「部分の無いもの」を記述することも、思い描くこともそもそも困難です。

まさに「幾何学は下手にえがかれた図形について上手な推論を行う技術である」のです。



話を戻して、ポアンカレ予想に関して言えば、

単連結な3次元閉多様体は3次元球面 S^3 に同相である。

というものです。

面白いことに高次元に拡張され、一般化されたポアンカレ予想(n次元ホモトピー球面はn次元球面に同相である)が先に解かれます。まずは5次元以上が1960年に、そして4次元も1981年に解かれています(両方共にフィールズ賞を受賞。もちろんn=3も辞退されたとは言え受賞しています)。2次元は自明ということで、最後まで残ったのがポ3次元ということになります。

面白いのはそもそもポアンカレが提起したのもまたこの証明が最後まで残った3次元多様体であったということです。

その提起した部分として、ポアンカレがトポロジーについて書いた論文の最後の1つである「位置解析への第五の補足」の最後の一節を引きます。

(引用開始)
 論じなければならない問題が一つ残る。
 Vの基本群が恒等変換に帰着し、しかもVが単連結でないことがあり得るだろうか?
 いいかえると、閉路K1"およびK2”を次の条件を満たすように引くことができるだろうか?
 それらはからんでないし、互に交わってもいない;
 同値関係
      K1'≡K2'≡0,   K1"≡K2"≡0
から同値関係
      C1≡C2≡C3≡C4≡0
が導かれる;
 それにもかかわらず、曲面Wは閉路C1,C2,C3,C4に閉路C1’,C2’,C3’,C4’を対応させる自分自身への同相写像を許さない;
 ただし同値関係
      K1’≡K2’≡0
から C1’≡C3’≡0が導かれ、またその逆も成り立つ;
 そして最後に同値関係
      K1"≡K2"≡0
から C2’≡C4’≡0が導かれ、またその逆も成り立つものとする。
 しかしながらこの問題は、われわれをあまりに遠くへ連れ去ることであろう。

(引用終了)(pp.258-259)

いわゆるこれがポアンカレ予想であり、端的には「単連結な3次元閉多様体は3次元球面 S^3 に同相である」と言い換えられるのでしょうが、「しかしながらこの問題は、われわれをあまりに遠くへ連れ去ることであろう」とあるように実際に我々を「遠くへ連れ去ること」になりました。



*そしてわれわれは静かにペレルマンの登場を待ちます。


【書籍紹介】
引用はこちらからです!ポアンカレのトポロジーに関する論文のうち6本中4本が訳出されています!
ポアンカレ トポロジー (数学史叢書)/朝倉書店

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ユークリッド原論の引用はこちらから。
エウクレイデス全集〈第1巻〉原論1‐6/東京大学出版会

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プラトンの国家の引用はこちらからの孫引きであったと記憶しています。
この書籍も必読書かと思います。一冊で何粒も美味しい理想の教科書です。
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