おそらく私はその種の哲学を使ったでしょう。しかし、それでもやはりそれは無意味です。 | 気功師から見たバレエとヒーリングのコツ~「まといのば」ブログ

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ハイゼンベルクの不確定性原理がアインシュタインのアドバイスによって生まれたというのは歴史的事実のようです。少なくともご本人が伝記の中で書いています。

ハイゼンベルクの伝記「部分と全体」は非常に興味深いエピソードで満ち溢れています。
シンプルにまとめるならば、物理学をするためには哲学が必要であり、哲学をするためには物理学が必要ということです。
ライプニッツのつぶやきがわれわれの脳内をこだまします。

数学なしに、哲学を深く極めることはできない。
哲学なしに、数学を深く極めることはできない。
数学も哲学もなしに、なにごとであれ深く極めることはできない。



*いつもながら豪華なライプニッツくん。数学で言えば微分積分は彼の業績ですね!

アインシュタインもハイゼンベルクに指摘したのは数学ではなく、哲学でした。

この話をハイゼンベルクの伝記を通じて知ったとき、アインシュタインに対するイメージが一変しました。量子力学の敵役(かたきやく)は偉大なサポーターであったということです。

若きハイゼンベルクへのアインシュタインの温かくも辛辣なアドバイスを見て行きましょう。

(引用開始)
一九二六年の春、私はこの談話会で新しく生まれた量子力学について、報告するようにとの招待を受けた。(略)アインシュタインは談話会の後で、彼の私邸で新しい考えについてもっと詳細に討論しようと私を誘った。(略)
(引用中断)

ドイツの優秀な物理学者が集まる談話会に招待され、ハイゼンベルクは緊張の面持ちでアインシュタインたちのまえで量子力学の講義をします。詳しく聞きたいとアインシュタインに私邸に誘われます。家までの道のりでは比較的友好的な会話が続くのですが、自宅についた瞬間にゴングが鳴ります。

(引用再開)
「あなたが談話会で話したことは、全く尋常ではないもののように聞こえました。原子の中に電子があるということを、あなたは仮定しましたね。そしてその点ではあなたはきっと正しいのでしょう。しかしとにかく霧箱の中では、電子の軌道を直接的に見ることはできはしますが、原子の中での電子の軌道を、あなたは完全にしめ出してしまいたいのですね。この奇妙な仮定に対する理由を、もう少し正確に私に説明してくれませんか?」
「原子の中の電子の軌道は観測できません」と当然ながら私は答えた。(略)
(引用中断)

「あなたが談話会で話したことは、全く尋常ではないもののように聞こえました。」「この奇妙な仮定に対する理由を、もう少し正確に私に説明してくれませんか?」

20年前にスイスの特許局で華やかにデビューし、その10年後に不世出の論文をものにすることで天才の名を欲しいままにする老大家からの厳しい質問に、タジタジになりそうです。



霧箱の中では確かに電子の軌道は見ることはできる、しかし原子の中での電子の軌道は太陽系のように描くことはできないとハイゼンベルクは主張します。われわれのイメージにある原子はラザフォードの惑星型の原子模型です(その前のぶどうパンモデル、もしくはプラム・プディングモデルを知っている人は少ないです。我々は大概1つ前のパラダイムを「常識」として採用します。我々の次の世代はボーアモデルを常識として採用し、原子の惑星モデルって何?と言うでしょう)。


*ちなみにラザフォードの原子モデルはおなじみのこの形です。アメリカ原子力委員会の記章です。


*こちらがぶどうパンモデルです。全く知る必要のない歴史的な産物です。ただわれわれの先人が暗闇の中をどう手探りで道を探したかがよく分かります。われわれは物理学を直感的では無いと言う反面、ラザフォードの原子モデルは完全に受け入れています。この原子モデルも直感的ではありません。ただ馴染みがあるので、正しいと思い込んでしまいます。しかし惑星型モデルはもちろん間違っています。

当時も知られていたこの惑星型モデルをハイゼンベルクは否定して、このような軌道は存在しないと主張します。電子は存在するし、動いているが軌道は存在しない、と。「原子の中での電子の軌道を、あなたは完全にしめ出してしまいたいのですね。」とアインシュタインは詰め寄ります。

ハイゼンベルクは「原子の中の電子の軌道は観測できません」と反論をスタートさせますが、アインシュタインは奇妙な反論をします。

これが量子力学に対する大きなアシストになります。

アインシュタインが言うのは、哲学を変えよということです。視点を変えよ、と。

(引用開始)
アインシュタインは反論した。「しかしあなたは、物理学の理論では観測可能な量だけしかとりあげ得ないとということを、本気で信じてはいけません。」
(引用中断)

衝撃の発言です!
「物理学の理論では観測可能な量だけしかとりあげ得ないとということを、本気で信じてはいけません。」
これは特殊相対性理論を論文から学んだわれわれからすると奇妙な気がします。
特殊相対性理論の冒頭は「同時刻の相対性」です。
時計を見るという行為によってしか時刻を決定できないとすることで、ある系からは同時刻の事象が、別な系からは同時刻にならないということを示したのがアインシュタインでした。

(引用再開)
私は驚いて聞き返した。「まさにあなたこそ、この考えをあなたの相対性理論の基礎にされたのではなかったでしょうか?この絶対時間というものは観測されないのですから、絶対時間について人は議論してはならないのだということをあなたはたしかに強調されました。規準系が運動していようと静止していようと、ただ時計の示す所だけが、時間の決定に関係するのであるということを」
(引用中断)

もし「絶対時間」なるものがあるのだとしたら、ニュートンよ、その時計を出してみよということでしょう。

絶対時間を前提するのではなく、観測できるものを前提とすることで、アインシュタインは新しい時間と空間に関する哲学を打ち出し、ニュートン力学を塗り替えたのです。

アインシュタインの「物理学の理論では観測可能な量だけしかとりあげ得ないとということを、本気で信じてはいけません。」という発言はそれを否定するものです。

ハイゼンベルク青年からの真っ当な反論に対して、この老賢人(というかまあ油の乗り切った40代なかば)はこう答えます。

(引用再開)
「おそらく私はその種の哲学を使ったでしょう」アインシュタインは答えた。「しかし、それでもやはりそれは無意味です。あるいは、もう少し控え目な意味で、われわれが実際に観測するものを思い出すことは発見の手順としては価値のあることと言えるかも知れません。しかし原理的な観点からは、観測可能な量だけをもとにしてある理論を作ろうというのは、完全に間違っています。なぜなら実際は正にその逆だからです。理論があってはじめて、何を人が観測できるかということが決まります。(以上、引用はハイゼンベルク「部分と全体」 pp.102-104)
(引用中断)


*1921年の写真です。この会話はその5年後。

アインシュタインらしいというか、あまりに素晴らしい言葉と言えます。

「原理的な観点からは、観測可能な量だけをもとにしてある理論を作ろうというのは、完全に間違っています。なぜなら実際は正にその逆だからです。理論があってはじめて、何を人が観測できるかということが決まります。」

「理論があってはじめて、何を人が観測できるかということが決まります」とボーアではなく、宿敵のアインシュタインが言っているということが素晴らしいと思います。

このあとに続くマッハについてのアインシュタインの発言もまた非常に面白いのですが、それはまたの機会に。

この会話がなされてほどなくして、ハイゼンベルクはガンマ線顕微鏡の思考実験によって、不確定性原理を打ち立てます。それが量子力学の根本となり、古典力学から現代物理学へ決定的に橋渡しをます。

(引用開始)
あの晩の夜半のことであっただろうか、私は突然アインシュタインとの対話を思い浮かべ、そして彼の意見、「理論があってはじめて、それが何を観測できるかということを決定するのだ」を思い出した。この長く閉ざされたドアを開く鍵はここにあるに違いないことを、私はすぐに悟った。そこでアインシュタインの意見の帰結をよく考えてみるために、私はその時すぐに、ファレ公園へ真夜中の散歩に出かけたのであった。確かにわれわれは、いつでも霧箱の中における電子の軌道は観測することができる、と軽々しく言ってきた。しかしひょっとすると、人が本当に観測するものはもっとわずかなことであるのかも知れない。おそらく、不正確に決められた電子の位置のとびとびの列だけを認め得るのかもしれない。事実、箱の中の個々の水滴だけを人は見ているのであり、それは確かに一つの電子より遥かに広がったものである。だから正しい設問は次のようなものに違いない。量子力学において次のような状態を表現することができるか?その状態では、一つの電子が、ある程度の不正確さでもって、ある一つの与えられた場所に存在し、また同時に、再びある程度の不正確さでももって、前もって与えられた速度の値を持ち、そしてこの不正確さの程度を、実験との間に困難をきたさないように、できるだけ小さくすることができるか?、と。そのような状態を、数学的に表現することができて、そして不正確さについては、後に量子力学の不確定性関係と名付けられた、あの関係が成り立つことを、研究所へ帰ってからのちょっとした計算が証明したのであった。場所と運動量(運動量というのは質量と速度の積のことである)との不確定さの積は、プランクの作用量子より小さくはなり得ない。これでもって霧箱の中における観測と量子力学の数学との間の結びつきが遂に整えられた、と私には思えた。

(中略)

そのような(原子の中の電子を直接見ることができるような異常な高い分解能をもった)顕微鏡は、もちろん可視光ではだめだろうと思うが、おそらく硬いガンマー線を使えばうまく働くだろう。原理的には、あるいは原子内での電子の軌道を、それによって写真にうつすことができるのではなかろうか。そこで私はそのような顕微鏡でも、不確定性関係によって与えられる制限を超えることは許されない、という証明をしなければならなかった。この証明は成功して、新しい解釈が首尾一貫していることに対する私の確信は強められた。(部分と全体 pp.127-128)

(引用終了)



大きなパラダイム・シフトの1つは霧箱の軌跡です。

確かにわれわれは、いつでも霧箱の中における電子の軌道は観測することができる、と軽々しく言ってきた。しかしひょっとすると、人が本当に観測するものはもっとわずかなことであるのかも知れない。おそらく、不正確に決められた電子の位置のとびとびの列だけを認め得るのかもしれない。

無条件に正しいと考えてしまう前提をゆさぶる力が哲学にはあります。見方を変えると、これまで当たり前であったことが当たり前ではなくなります。この霧箱の電子の軌道は大きなEureka体験です。

あとは一気呵成に、不確定性原理まで走っていきます。

物理学も哲学も人間の営みであることを痛感させられます!

【引用文献】
部分と全体―私の生涯の偉大な出会いと対話/みすず書房

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