1/30-31 ムンバイ、ドバイ経由でエリトリアへ
2/1 デブレビゼン修道院
2/2 マッサワへ移動、観光
2/3 マッサワからアスマラへ帰還
2/4 ケレン日帰り観光
2/5-6 ドバイ、ムンバイ経由で帰国
ケレンを観光してアスマラに戻ります。
前回の記事でバスターミナルに着きました。
13時頃着いて、14時にバスが1台出て次を待つところ。
まあ1時間半か2時間待てば来るだろうと思っていました。
英語できる現地の人と喋りながらのんびり待つ。
・・・が、来ない。
他の町へ行くバスは来るんですが、アスマラ行きが来ない。
16時を回り、これやばくね?となり、17時になると並んでいた地元の人が帰り始めました。
今日はもう来ないから帰るそうです。
怒るわけでもなく、いつも通りといった感じで帰っていきました。
さすがに困った。
ホテルの場所は分からないし、荷物はアスマラのホテルに置いたまま。
そもそもエリトリア出国は明日朝なので始発のバスでも間に合うか分からない。
ということで、バスターミナルから走ってタクシーが客待ちしている場所へ。
「アスマラ行きたい、今日中に戻らなきゃいけない。」
ハァ?って顔をされたけど、床屋の奥から英語喋れるドライバーが出てきて、
乗せてもらえることになりました。
値段は230ナクファ、約150米ドル。
アスマラまで100km弱あるし、明日の飛行機逃して予約しなおすより格段に安い。
道中でケレン郊外の町へ向かい歩く子供を乗せては降ろし乗せては降ろし。
ケレンから10km以上離れていますが、ドライバー曰く毎日通っているそうです。
最後に乗ってきた3人組はアスマラまで乗車。
体感でケレンから20kmほどのところから乗ってきました。
バスが来ない影響か、他にも道端や途中の集落でヒッチハイクする人が大勢居ました。
おそらく彼らは翌日移動することになったのだと思います。
マッサワを訪れた際もそうでしたが、
エリトリア国内で何百人がバス待ちで長時間潰しているので、
この時間を何かの生産に使えれば格段に経済が回るのでは、と考えてしまいます。
残念ながらそれを満たす仕事がない、というのが現状でしょう。
アスマラには2時間半ほどで着きました。さすがにバスより早い。
エリトリア最後の食事は2日連続のハンバーガー。
ホテルのレストランで豪勢に食べる手もあったけど、150米ドル使った直後なので少し節約の意味も込めて。
昨日食べたカフェで卵入りのハンバーガーがあったので食べたくなった。
今日は別の店ながら「卵が入ったハンバーガー」とオーダー。
と思ったら、卵は入っているが肉のないはんばーがーが来ました。
右はバナナジュース。
ヘルシーと言えばそうなんだけど、肉の入っていないハンバーガーをハンバーガーと呼んでいいのかどうか。
その後はホテルのレストランでビール。
連日顔を合わせたおじちゃんスタッフが話しかけてきて、
明日帰るよ、と伝えたうえで1時間弱色々話しました。
英語喋れる人多いね、と言ったら
「高校で英語とアラビア語を教わるんだよ。英語は当然だけど、現状繋がりが強い国がスーダン、サウジ、UAE、エジプトとイスラム教圏が多いからアラビア語も学ぶ。俺も喋れるよ。」
と返答。
日本も高校で英語をやるけど、学校教育だけで喋れる人はあまり多くないんじゃないかな。
どのような教育がなされているか分からないけど、ケレンの小さな商店で10歳に満たない子供も英語を喋れたので、かなり広く普及しているんだと思う。
今度はあちらからの質問、北朝鮮について。
北朝鮮はもう核兵器持ってるだろ? → そりゃ持ってるよ。
北朝鮮と韓国は違う民族なのか? → 同じ民族。
じゃあ何で分かれてるんだ? → 冷戦でソ連とアメリカが分断した。
アメリカは北朝鮮を攻撃するのか? → たぶんしない。メリットがない。
などなど、こちらからの情報提供が主。
んで、こっちがどうしても聞きたかった質問。
「答えたくなかったら答えなくていいけど、エリトリアは独立戦争でエチオピアと戦ったでしょ。エチオピア人嫌いな人多いの?」
嫌な顔されると思ったけど、笑顔で答えてくれた。
「嫌いな人も多少はいるけど、大半の人はそう思っていない。エチオピア人じゃなくてエチオピアの共産政権が悪いって考える人が多くて、エリトリアが独立したときに政権が崩壊してるから、悪く思ってる人は少ない。国境は開いてて交流があるし。でも領土問題を抱えてる地域はあって、国連が仲介してるけど、おそらく永遠に解決しない。」
だそうです。てっきりエチオピア憎しだと思ってたけど、意外とそうでもなかった。
あと人口500万と公称してるけど実際は800万くらいいるぜ!
とか裏の話を結構聞かせてもらった。
そのまま部屋に戻って就寝。
翌日、エリトリアを離れます。




