2018/2/2 エリトリア旅行記その2 マッサワ到着後 | まとばの公営競技つれづれ

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1/30-31 ムンバイ、ドバイ経由でエリトリアへ

2/1 デブレビゼン修道院

2/2 マッサワへ移動、観光

2/3 マッサワからアスマラへ帰還

2/4 ケレン日帰り観光

2/5-6 ドバイ、ムンバイ経由で帰国

 

 

マッサワに到着しました。

既に15時半なので、この日は宿を探して少し街を歩くだけ。

 

◆マッサワとは

 

紅海に面し、古くから重要な港町として様々な王朝に支配されてきました。

アラビア半島やエジプトが近く、オスマン朝に支配された期間もあったため現在はイスラム教が中心です。

砂漠気候で雨が少なく、夏には平均最高気温が40度を超える酷暑の街。

2月でも最高気温は30度を超えていました。

 

マッサワは2つの島と大陸側から構成されます。

大陸と繋がっているのがタウラッド島、その先がマッサワ島。

現在は橋で繋がっていますが、もともと島側が港として栄えていて、

そこから大陸側へ広がったようです。

エチオピアとの独立戦争により古い建物の多くが破壊され廃墟もありますが、

首都アスマラに近い港町として重要な役割を担っています。

 

バスターミナルの目の前にあるマーケット。

2月はまだしも、40度超えの時期もここでやるんでしょうか。

マーケットの様子は動画で。

 

 

謎の飛行機

 

新しそうな建物。

まだ入居は始まっていないようで、何の建物なのかは分かりません。

 

マーケットでサモサを買いました、1個1ナクファ=約7円。

 

モスク。

 

パッと見でも砂漠都市って雰囲気。

アスマラから繋がる線路は残っています。

 

写真撮って!と言われて1枚。

中央の人が着ている服は、アラビア半島でよく着られるカンドゥーラに似てる。

 

遠くから

「チャイナ!フォト!」と言って通り過ぎていきました。

手前の赤い服の少年だけ「ノーノー!」って恥ずかしそうに顔を隠す。

エリトリアは自転車競技が国技になっていて、アスマラ周辺ではロードバイクに乗る人も見られます。

 

大陸側から島側へ。

 

タウラッド島は綺麗に整備されています。

新しそうな住宅やホテルが並び、ビジターの拠点になりそうです。

ただし訪問時は観光と思しき人はほとんど見られず。

人の多い大陸側と比べ閑散としていて、少し寂しい雰囲気。

宿はこの島にあるDahlak Hotelにしました。

 

マッサワ島へ。古くから最も栄えていた島で、現在は港として稼動しているためクレーンが置かれています。

 

詳しくは翌日の記事で触れますが、マッサワの旧市街。

現在はこちらも閑散としており、かつての賑わいは見られません。

 

日没。

 

島側はあまり店がないので、大陸側に戻り食事処探し。

 

当然ですが非常に暗い。

一応商店街で、閉まっている店もありますが夜でも賑わっていました。

 

開いていたレストランへ。

バーも兼ねていて、スタンドにお酒が並びます。

アスマラもそうですがしっかりお酒を並べているお店が多くて、こだわりが強いんでしょうか。

このお店はシーバスリーガルも置いてありました。

誰が飲むんでしょうか。

 

理由は分かりませんが、ジンはどの店もゴードンジンを置いていたような記憶が。

 

ミートソースをもう一度。

やはりソースというよりトマト風味の肉。

アスマラで食べたときもパンが付いたので、エリトリアではこれがスタンダードなのでしょう。

 

ビール2本飲んで確か120ナクファ=約840円。

確かスパゲティが80ナクファでビール1本が20ナクファだったかな。

隣のテーブルに置いてあったメニューは現地語で値段しか読めなかったけど、

その数字を見る限り正規の値段だった。

アスマラで食べたときと比べてもあまり値段は変わらない。

やはり物価は高め。

 

でもエリトリアは国民1人あたりのGDPが800ドル以下です。

日本とほぼ同じ値段の食事を毎日食べられるわけがありません。

 

一方で前回の記事で書いたように、約250円をケチるために何時間も正規のバスを待つ人たちがいる。

 

よほど貧富の格差が大きいんだなと実感。

 

歩いてホテルへ帰還。

タウラッド島に人の気配はありません。

 

宿はこんな部屋で1泊約4000円。

ホットシャワーだし、暑いマッサワなので冷房付きなのはあり難い。

 

明日はマッサワの旧市街を巡ってアスマラに戻ります。