ウイルスを載せて

 

カナダ、アルバータ州カルガリー。北米大陸の屋根と言われるロッキー山脈の麓。SuzakuとSouryuは僅か7分間の短い夜間フライトを終え、州立病院の屋上に降り立った。全速飛行なら20秒もかかるまい。もはや朱羽煌雀たちにとって地上に距離は存在しないも等しい。だが目的地を目指しての旅は単純にはいかない。

空母シーギャラガから衛星交信で連絡を取ったカナダの国立医療研究所は、ワシントンウイルス(紗端ウイルスをカナダは発祥地にちなみこう名付けた)の最も西よりの保管場所としてカルガリーの州立病院を教えてくれた。ワシントンウイルスのサンプルに関してはカナダでは事欠かない。ここ数日間の研究によりマイナス1℃の環境ではウイルスが完全に活動を停止することが確かめられ、安全な低温環境下でウイルスの正体を暴こうとやっきになっていた。ウイルスに冒された人間も同じく体温がマイナス1℃になれば癌の進行を止めることができた。暴徒と化した何人かの要人が、レベル4対応の防護服に身を包んだ特別措置隊の手により取り押さえられ、瞬間冷凍により仮死状態で保護されていた。この情報はシーギャラガを中継に仙台の東北大病院に伝えられ、横須賀を中心に日本を蝕みつつあるワシントンウイルスへのせめてもの対抗処置とされた。

 

カルガリーのアルバータ州立病院にはルシフェルの信号で導かれた。病院内のコンピューターに陣取ったルシフェルの送る微弱電波も、Suzakuに乗る朱羽煌雀には灯台の灯りのように感じることができた。冷凍ケースに入れられたウイルスサンプルを慎重に受け取ると、即座に朱羽煌雀は病院を後にした。

「(まるで砂漠の上空にでもいるような感じね。)」

Souryuから蒼鱗龍娯が呼びかける。眼下のアメリカは灯り一つ見えない、まるで死の街。ワシントンウイルスはすでに全米を席捲し、海を渡って広まりつつあるのだ。日本へ、そしてアジアへ・・・

「(一刻も早くこいつを届けたほうが良さそうだな。)」

足元に挟んだ冷凍ケースに目をやりながら朱羽煌雀が答えた。高度を上げ、速度を上げようとしたその瞬間、背筋に冷気を感じた。反射的にSuzakuを左に旋回させる。その横を機銃弾の光がかすめていった。朱羽煌雀は首を後に向けて、冷気の主を探る。見るまでもなく感じてはいたが・・・黒い三角翼が斜め後から迫ってくる。Suzakuを上回る加速性能、まともな手段では振り切れない。朱羽煌雀はSuzakuに逆噴射をかけながら機首を一瞬下に向けて失速状態を作り出すと、すぐに出力を全開に戻して立て直す。ブラックデルタが頭上を通り過ぎて前に出た。朱羽煌雀は自分の目が霞んだように感じた。黒い機影が前後に並んで2機に見えたのだ。瞬きして暗闇の黒い影を凝視する。錯覚ではなかった。ブラックデルタは2機そこに飛んでいる。

「(とんでもないお客さんが現われたわね。どうする?)」

蒼鱗龍娯が声をかけてきた。

「(どうやって俺たちの機影を捕捉したかしらないが、見つかったからにはお相手するしかないだろう。1機でもやっかいなのがこちらと同じ編隊飛行だ。油断できないぞ。)」

「(あたしが後の奴を引き受ける。あなたは前を頼むわ。)」

上方で青い影が急旋回するのが見えた。Souryuだ。海面に向けて急降下すると水面をかすめて上昇する。海水を巻き上げ、螺旋状の槍を作って2機目のブラックデルタに襲い掛かる。十分に狙いすまして蒼鱗龍娯は近距離から竜巻をお見舞いした。確実にブラックデルタを黒い水の渦が包み込む。

厚い鉄板をも切り裂く高圧水流をまともにくらって無事なわけはない。ブラックデルタ推進力を失い下降していく。だが損傷はなさそうだった。黒い三角翼に青白い紐のようなうねる光が何本か走っては消えていく。電磁シールド。ありとあらゆる衝撃を撥ね退ける魔法の衣だ。後方の排気口が開くと赤い光が見えた。再び推進力を得たブラックデルタは何事も無かったように月光に照らされて鈍い光を放った。

 

大体どうしてブラックデルタは追ってこれたのか・・・朱羽煌雀の心に得体の知れぬ畏れが過ぎる。底知れぬブラッククロスの科学力。ヴェロキラプトルの個体を手に入れ、白亜紀に地球をも滅ぼしかけた文明の英知に触れたとしても、それを僅かな時間で現実のものとするのは解せない。そうではないだろう、何か自分たちのまだ知らない秘密があるのだ。朱羽煌雀は頭を強く振って不安を振り切ると、1機目のブラックデルタに照準を合わせる。おそらく無駄だろう、だが何もしないわけにはいかない。Suzakuの前方噴射口から勢いよく漆黒の球が放たれた。あらゆるものを時空の向こう側、反物質の世界に誘う通称ブラックキャノン。だが予想通りブラックデルタの電磁シールドはそれを嘲笑うようにただの黒い霧に変えた。速度をやや緩めたブラックデルタの上方を反転しながらSuzakuが行過ぎる。お互いのキャノピーが触れ合うばかりに接近する。そこに見たものは・・・サーシャ・ルビンスキー。

もう1機のパイロットは見るまでもなく明らかだった。双子の姉妹マーシャ。冷酷無情の紗端に魂を操られた、人の姿をした悪魔。魔性の美貌に吸い寄せられた者は魂を無くすことになるだろう。

「(蒼鱗、気を付けろよ。相手は人間じゃないと思え。)」

自分の血を分けた異父兄弟。そんな感情に溺れたらお終いだ。朱羽煌雀はサーシャの前にSuzakuを曝す。すかさず見舞われた機銃の洗礼をわざと避けずに腹で受け止めた。液体ダイヤで無類の強度を得、鏡水でコーティングしたSuzakuの機体は機銃を事もなく撥ねつける。こちらに対しても攻撃は通用しないというアピールだ。

決着の付かない空中戦が延々続く。お互いの武器は通用しない。1分の戦闘が1時間にも感じた。このまま夜明けまで決め手のないまま追いかけっこをするしかないのか。加速力に勝るブラックデルタを振り切ることは出来ないようだ。ウイルスを一刻も早くシーギャラガに持ち帰りたい。そして何よりも時空の向こう、白布衣日夜子にタイムリミットが迫る・・・。

 

 

墜落

 

月光の中、絡み合う4つの機影を見つめる目があった。3機目の黒い三角翼。その磁気レーダーには2つの影がくっきりと映し出されている。強力な磁力を発するSuzakuとSouryuの反物質核融合推進器の位置は、この高性能磁気レーダーを持ってすれば手に取るように分かるのだ。それを冷たくも見守るように見つめる切れ長の細い目。狐のような細面の米倉は震える指先をボタンに当てた。

「これでいいんだ。これで全てが終わる。アキヒコ、俺はその名が好きだったよ・・・」

米倉の心が一瞬揺らいだ。紗端を受け入れた精神の片隅に残った僅かな人間の心。日増しに大きくなる親子の情と良心の呵責。ブラッククロスを裏切り、ルリと家庭を築いていたら・・・。老師宗陰に心身を委ね、陰陽の業に紗端の呪縛を曝してみたら・・・。こんな思いはアキヒコと対面するまでは微塵もなかった。もっと早く会うべきだったのだろうか・・・。フライングシャトーでのラプトルの高笑いが耳について離れない。・・・

 

《ギャハハハハ・・・ついに完成したのか、例の兵器が。良く頑張ったものだ。》

《ああ、テストも何もする暇がないがな。情報によれば朱羽煌雀はこれからカナダへ向かう。サタンウイルス、人間たちはワシントンウイルスと呼んでるが、そのサンプルを持ち帰るつもりらしい。いよいよ葬り去る時が来たようだ。》

《謎の声か。我を差し置いてお前に届くのが気に入らんがまあいい。フフフッ出来るのか、お前に。》

《俺以外の誰がやるというのだ。幻の亜光速飛行体、奴を守るはずの乗り物が奴の棺桶になろうとは夢にも思わないだろう。》

《フシュルルルル・・・しくじりは許されんぞ、感傷に溺れた時それはお前の死を意味する。》

《しくじらなくても俺を待つのは死かもしれんよな。》

 

ブツンとスクリーンの電源が切れるように、回想の途中で米倉の思考回路が途絶えた。

《小賢しい人間め、我が目を盗んで心を養うとは。》

米倉の眼つきが冷たく鋭く変化した。凶暴性に支配された紗端の目。躊躇うことなく新兵器のボタンを強く押す。この最初に作られたブラックデルタだけに備えられた禁断の武器。あらゆる電気や磁気を分断し、ズタズタに引き裂くパルス砲。使えるのは1回のみ、何故ならその威力は発射したブラックデルタの機能をも奪い去るからだ。

サーシャとマーシャが突如空間から消えた。Suzakuも及ばぬ加速力で戦闘空域から脱出したのだ。朱羽煌雀の胸にとてつもない不安が過ぎる。その直後、頭が割れるような衝撃を受け、意識を失った・・・。

 

《終わったわね。》

《あっけないね。》

囮役を務めたサーシャとマーシャが真逆さまに海面に向けて落ちていくSuzakuとSouryuを笑いながら見つめている。米倉の最後の決断を感じた瞬間二人は一瞬空域を離れ、戻ってきたのだ。ブラッククロスの作り出した恐るべき兵器、電磁パルス。空域に存在するありとあらゆる磁気を分断し、無力にし、葬り去る。コンピューターも、計器も、そして人間の思考を操る微弱電流も・・・。なによりも致命的なのはSuzakuの推進器の源である回転球の磁力を奪い去ったことだ。推進器は一瞬にして停止し、息を止めた。Souryuも同様だ。朱羽煌雀も蒼鱗龍娯も意識を失ったまま海の藻屑と消える。

《あの人もダメなようね。》

《仕方ないわね。犠牲はつきものだもの。》

少し離れたところに落下する黒い三角翼が見えた。ブラックデルタの電磁シールドは電磁パルスにも耐える可能性はあった。だが電磁パルスを発射するためには電磁シールドを解く必要があったのだ。至近距離でパルスを受けたブラックデルタは黒い屍と化した。米倉の脳も活動を停止し、最後の時を迎えようとしていた。重力で加速した無防備なブラックデルタが黒いコンクリートの海面に衝突する。微塵に砕け散り、四方八方に飛び散る黒い破片。役目を終えた米倉の死を魔性の双子だけが冷ややかに見届けていた。

 

続けてSuzakuとSouryuが水面にぶつかる。ダイヤモンドの固さと何物をも滑らす鏡のようなサーフェスを持つ2機の機体は衝突の衝撃をも撥ね退け、滑るように水中に吸い込まれた。

《あら、しぶといのね。》

《でも、這い上がる術はない。終わりよ。》

満足気な微笑を浮かべたサーシャとマーシャは、薄っすらと明るくなりかけた空を西に向けて速度を上げた。東の海面からはいつもと変わりない太陽が光の筋を見せ始めていた。

 

 

《・・・るか・・キヒコ・・・》

遠くから呼びかける声が聞こえる。声と呼ぶにはあまりにも微弱、頭の芯を直接さするような微かなうめきだ。

《・・・を覚ませ、目を覚ませ、アキヒコ。》

懐かしい名だ。声の主にも記憶がありそうだ。心地良い夢の世界を彷徨った朱羽煌雀の意識が徐々に現実に引き戻される。目をゆっくりと開けるとそこは暗く蒼い世界だった。無数の泡が透明な半球状の外をかなりの勢いで駆け上る。激しい頭痛と吐き気、急激に事態を把握しようと足掻いてもわけが分からない。Suzakuのコクピットにいることは理解した。ここは海中だ、それも感じ取れた。そうだ、ブラックデルタはどうした?突如消えてとてつもない不安に襲われて・・・

《気がついたか、アキヒコ。朱羽煌雀と呼ぶべきか?俺の気に入った名でいいだろう?》

頭に狐顔が浮かぶ。米倉の声、いやテレパシーだ。何処から来るのか、朱羽煌雀は警戒して身構える。

《心配するな、俺はもう何も出来ない。最後の力を振り絞ってお前を追い駆けているだけだ。もっと早くこうなりたかった。紗端の呪縛から逃れるのがこんなに気持ちいいものだとは思わなかった。》

気泡の向うに青白い光が見える。朱羽煌雀にはそれがくっきりと米倉の顔に見えた。急にアキヒコの感情が蘇る。朱羽煌雀はそれを押さえつけるのを止めた。

「父さん・・こんな形でやっと話せるなんて。母さんの時もそうだった。何故普通の対面が出来ないんだ。」

アキヒコの頬を涙が伝う。

《仕方ない。これも運命なのだ。私は自分の子であるお前を紗端と同化させるために選ばれ、生かされた。紗端を受け入れ、お前を監視し、機会を待った。そしてそれが叶わぬことになった時、今度はお前の能力を暴き、葬る役目を請け負ったのだ。お前が今こうして最後の時を迎えようとしているのは私のせいだ。電磁パルス・・・あの恐ろしいボタンを押したのは確かに私なのだから。そして私は自らの命も失い、今ようやく解放されたのだよ。せめてもの救いは人間としてお前に・・・詫びることが・・・》

米倉のテレパシーが弱くなる。

「父さん、父さん!」

アキヒコが大声を上げ、Suzakuのキャノピーを叩いた。青白い光はもはや顔には見えず、ゆっくりと気泡に乗って海面へと上昇して行った。

『さようなら、父さん。俺はあなたを恨んではいないよ。』

また一人、去っていった。いったい何人の命を奪えば気が済むのだ。アキヒコの心に紗端への憎悪がメラメラと燃え上がる。

《怒りは鎮めよ、そして眠るのだ・・・》

再び朱羽煌雀の意識が体を支配する。憎悪は危険だ、紗端に取り入られる。Suzakuは海底にあっても押し潰されることはなかろう。だが推進力を失った今、浮上の術はない。この水圧でキャノピーを開けることは不可能だし、出来ても外は生身の体が耐える環境ではない。やがては自分の魂も離脱し、終わりを迎えるのだ。朱羽煌雀の死、それは同時に地球の終わりを意味するものだった・・・。

 

 

真の支配者は

 

《ギャハハハハハ、最後は米倉の手で葬ったか。奴の言葉通りになったというわけだ。奴も感情が首をもたげ始めたところで潮時だったし、死んで紗端に忠誠を誓えたな。これで地球は我が物だ。》

フライングシャトーでサーシャとマーシャの報告を聞いたヴェロキラプトルは、口から生臭い息を絶え間なく吐き出し、興奮した。サーシャとマーシャがあまりの臭さに顔をしかめる。

「(勘違いもいいかげんにしたら?あなたは最終的支配者ではない。単なる駒の一つに過ぎないのだから。)」

サーシャが鉤爪を恐れることなくラプトルを戒める。

《な・・・んだと?!》

「(耳が悪いの?図に乗るなと言ってるのよ。)」

マーシャが微笑みながら髪の毛を手で巻く仕草をした。

《小娘・・・こいつは驚いた。我が力を知っての所業か?》

ラプトルが尻尾を激しく床に打ち付ける。激しい音と振動が辺りに木霊した。直撃を食らったらひとたまりもない。肉は裂かれ、骨は砕かれるだろう。それでもたじろぐことのないラビンスキー姉妹に業を煮やし、ラプトルは尻尾を一閃した。この姉妹の役目ももうない。変に頭の切れる冷酷非常な性格はこの先邪魔になる可能性もある。

手応えの代わりに痺れを感じ、ラプトルは目をひん剥いた。吹っ飛んだはずのマーシャはしっかりと2本足で立っている。その周りを青白い蛇のような光が激しくのたうちまわっている。電磁シールド。あらゆるものを跳ね返す魔法の衣。

「(いいかげんに自分の立場に気付きなさい、ラプトルよ。その小窓をごらん。)」

サーシャの言葉にラプトルは焦れながらも小窓を覗く。その中の光景にラプトルの視線が釘付けになった。

《こいつは・・・何だ・・・》

小窓の向こう。そこにはいくつもの巨大なカプセルが並び、太いチューブが繋がれていた。培養装置・・・。中で育つのは紛れもない自分の分身、ヴェロキラプトルだった。

 

 

深海の救助

 

夜が明けても戻らない朱羽煌雀たちに、玄蘒武炫が苛立つ。

「(絶対に何かあったんだ。これだけ時間がかかるはずがない。)」

「(確かにな。カルガリーの州立病院に問い合わせたところ、6時間前に飛び立ったそうだ。我々のトムキャットでも十分に到着している時刻、あの飛行物体なら数分もあれば十分すぎるだろうに。)」

ヤールマンが立っていた。

「(捜索隊を出すべきだ。)」

「(キミに言われるまでもなく、既に4時間前に哨戒機を飛ばしている。海面をくまなく捜索しているがまだ連絡は・・・)」

ヤールマンの言葉を遮るように艦内放送が響いた。

「(ヤールマン准将、至急無線室へ!)」

 

「(・・黒い破片が広範囲に散らばっています。・・金属板のように見えますが、詳しくは採取してみないと分かりません。状況としては航空機の墜落と思われます。場所は・・・)」

モニターを通して哨戒機からのビデオ映像が流される。

「(どう思うね?)」

ヤールマンが玄蘒武炫に聞いた。

「(SuzakuやSouryuではない。あの黒くて鈍い輝きは・・・)」

「(僕もそう思うよ、ブラックデルタだろ?)」

白牙虎鉧が待ちきれないように口を挟んだ。

「(ああ、あの不死身の機体を撃墜するとしたらSuzakuかSouryuしかいないだろう。だが、なぜ彼らは帰還しない?相撃ちか?それにしては機体が見当たらない。)」

玄蘒武炫が考え込む。

「(僕たちの飛行体はそう簡単には破壊できないぜ。たとえ何らかの原因で墜落したとしても・・・)」

白牙虎鉧の言葉に玄蘒武炫が反応する。

「(そうか!海中だ!)」

「(哨戒機に伝えろ、あの海域にソナーブイを投下しろ!水中をくまなく捜索だ、急げ!戦闘機を飛ばせ!一刻も早く現場に向かうのだ。)」

ヤールマンの指示に周りの士官が走り去る。玄蘒武炫と白牙虎鉧も自分たちの飛行体に急いだ。

 

夢を見た。

朱雀の記憶か・・・太陽に向けて一直線に飛んで行く。口を大きく開け、元素を吸い込む。胸の反物質核融合器官が静かに唸りを上げる。翼の付け根から放出する中性子。速度が一気に上がり、光と同化する・・・。

薄れゆく意識の中で朱羽煌雀は点滅する光を感じた。重たくなった瞼をゆっくりと開ける。コクピットの酸素はほとんど残っていない。酸欠で正常な思考は妨げられ、幻覚がちらついていた。あの光も幻に違いない・・・こんな深海に光など・・・

ふと胸のポケットの小瓶に指先が触れた。何だったろうこれは。ゆっくりと小瓶を取り出す。胡桃のような実が詰まっている。

『オーラの実・・・』

朱雀の祠に伝わる、光苔の作り出す不思議の実だ。朱羽煌雀は一粒取り出すとゆっくりと口に運んだ。体にオーラのエネルギーが広がり、酸欠状態を追いやって行く。

光はモールス信号を送っていた。

(ワレ・キュウエンニ・カケツケタリ・ブジナラ・アイズサレタシ・・・)

ゆっくりと様子を窺うように旋回する黒と白の2つの物体。あたかも優雅に泳ぐエイのようだ。朱羽煌雀はニコリと笑うと右手を上げた。そして周りを見回して左側に横たわったSouryuを確認するとそちらを指差して先にと合図を送る。

《俺は無事だが蒼鱗龍娯が心配だ。既に酸素は尽きかけている。》

テレパシーを試みた。Suzakuの磁力による増幅は期待できないが、玄蘒武炫のGenbuや白牙虎鉧のByakoの受信は問題ないはずだ。

《了解した。2機で挟み込んで浮上させる。》

海底の砂に少し沈んだSouryuの両翼をGenbuとByakoが両側からゆっくりと持ち上げる。Souryuは一度浮上しかけたが、バランスを崩して落ちた。海底から砂の煙幕が上がる。

《思ったより事だぞ、こいつは・・・アメリカの深海救助艇なんか待ってられないしな。》

折角の玄蘒と白牙の救援も無駄足に終わるのか。このまま朱羽煌雀はともかく、蒼鱗龍娯はあと数十分で窒息死するだろう。朱羽煌雀は両手で髪の毛を掻き毟った。自分が動ければ蒼鱗龍娯をむざむざ死なせることはないのに・・・。

ふと、夢の朱雀の記憶らしき映像が脳裏を過ぎる。大空を太陽に向かって飛んで行く。体内に備えた反物質核融合器官の唸りを感じる。大きく口を開けて元素を吸い込み・・・。

朱羽煌雀は大きく目を開けた。朱雀はどうやって反物質核融合器官の球体を回したのだ。外部からの始動電流などであろうはずがない。もっと単純で強力なエネルギー・・・。朱羽煌雀は再び目を閉じると精神をSuzakuの推進器に集中させる。中心の球体を感じる。そこに自分のオーラを、黄金のオーラを流し込む。

球体が僅かに揺れた。歯をくいしばってさらにオーラを増幅させる。額から脂汗が滲む。全身から溢れた気がコクピットに充満し、ただの飾りと化した計器をガタガタ振動させた。ブンッという唸りとともに球体が回転を始めた。Suzakuは海水を吸い込み、加速器が水素や酸素や塩素といった原子に分解して融合炉に勢い良く放出する。推進器が息吹を吹き返し、Suzakuは海底からフワリと浮いた。コクピットに海水から生成した酸素が充満していく。

《おい!あんたは魔法使いか、朱羽!》

玄蘒武炫の驚いたテレパシーが飛び込む。

《御託は後だ。3機ならSouryuを救える。騎馬戦の要領だが・・・分かるか?》

朱羽煌雀はGenbuとByakoに先程と同じように両翼の下に入るよう指示した。自分は後退してSouryuの機首を2つの尾翼に挟むように載せた。3機にバランスよく持ち上げられたSouryuは最初ゆっくりと、そして徐々に速度を上げて海面に向け浮上していった。

 

 

ターニングポイント

 

朱羽煌雀はゆっくりと目を開けた。白い天井が次第にはっきりと像を結ぶ。頭の芯がズキズキ痛む。隣のベッドには蒼鱗龍娯が横たわっていた。

「お目覚め?随分とうなされてたようですわよ。」

広沢圭子が声をかけた。朱羽煌雀は頭を振って朦朧とした意識を呼び覚ます。

「私はどのくらいここで寝ていた?ウイルスはどうなった?」

「4時間ぐらいかしら。ウイルスなら今隣の部屋で調査中ですわ。」

圭子がガラスの向うを指差した。宇宙服のような防護服を着た医師団が慎重に作業を進めている。

「う、う・・・ん」

蒼鱗龍娯が会話に目を覚ましたようだ。

「あたし、生きてるのね。何か良く分からないけどひどい目にあったようね。まだ頭痛が残ってる。」

流暢な日本語で言った。

「ああ、玄蘒と白牙に礼を言ったほうがいい。危うく俺たちはこの世とおさらばするところだった・・・」

朱羽煌雀そう言いながらベッドから立ち上がる。平衡感覚も麻痺していたようだ。体が横に流れ、思わずベッドのヘリに手をついた。

 

ガラス窓の向う、様々な分析装置を備えた特設医療観察室では、菅野を始めとする医師団が電子顕微鏡に注視していた。最新の低真空ウェットタイプは電子ビームの乱反射がないため、被写体に導電性を持たせるための金蒸着や水分・油分をカラカラに乾燥させてしまう高度な真空状態を必要とせず、微生物のような生命被写体を生きたまま観察することが出来る。

「完全に死滅しています。」

走査型電子顕微鏡を操作しながら医師の一人、伊藤が呟く。

「そのようだな・・・温度も湿度もウイルスが活動するのに最適な条件のはず。さらにSEMの電子ビームはこいつらの良きエネルギーとなってもおかしくない。」

リーダーの菅野が伊藤に同意した。

「いったい何があったのでしょう。ワクチンを作る上では生きたウイルスが欲しいですけど、ワクチン以外にウイルスを死滅させる手法があるならまずはそれを調べたいですね。」

「予想はついてますわよ。」

ガラス越しに会話を聞いていた圭子がマイクを通じて喋った。防護服の面々が一斉に振り向く。

「引き上げたSouryuの損傷を調べたけど、目につく故障は全く見られません。ところが電子部品は再起不能の状態でした。以前学会の報文でこれと良く似た事例を見た記憶があります。成層圏で行った原爆実験で周囲10kmに渡って発生した特殊な電磁波。ウェーブというよりはパルス、そう電磁パルスです。電磁パルスを浴びた電子回路はROMを含めた全ての電気的スイッチがもの凄いサイクルでON・OFFを繰り返し、書き込まれたデーターはズタズタにされて消滅する。初期化どころの話ではありません。下手すれば回路に残ったランダムな信号が暴走し、制御不能の状態に陥るでしょう。」

「電磁パルス・・・確かに米倉は消滅する前にそう言っていた。恐ろしいボタンを押してしまったと。」

朱羽煌雀が腕組みしながら呟く。

「やはり・・・そんなものまで実用化するなんて驚くべき科学力ね。」

圭子が未だに信じられないような表情をした。

「電磁パルスは、生命の活動にも影響を及ぼす可能性が大ですわ。生命の情報伝達は電気信号によって行われるのですから。現にこの人たちも一時的に脳波が停止した形跡があったとおっしゃったでしょ?それが幸いしたかもしれませんけど。推進器が停止し、酸素供給が断たれた時に深い睡眠状態でいられた。深海という低温環境が細胞の新陳代謝を極端に遅くしたのですわね。」

朱羽煌雀の澄んだ瞳を見つめながら圭子は感慨深く言った。

 

「ふむ・・・電磁パルスか。あらためて見ればこのウイルスの鞭毛のようなものが気になるな。こいつはどういう働きをしていたのか。」

菅野がSEMの倍率を調整してウイルスの長い尻尾にピントを合わせる。全長の2/3ほどを占めるそれは真直ぐではなく螺旋を巻いていた。

「ちょっと見せて下さい。」

圭子の注文にモニターの前の菅野が退いた。

「・・・想像でしかないですけど、この螺旋が高速で回転すると磁場が出来そうですわ。それによって人間の脳波を操るのでは。」

「ふむ。」

「磁場を中心にX線でも発生すれば・・・その蓄積で癌細胞が出来ても不思議ではないでしょう。」

「あ!」

圭子の推理にスピーカーを通じて驚きの声が上がった。今日は実に冴えている。

「大筋は合っているかもしれないが・・・」

目を閉じて聞いていた朱羽煌雀がゆっくりと目を開ける。

「癌細胞はウイルスだけでなく、ブラッククロスの脳内活性剤でも出来ていた。北山がそうだ。活性剤自体は磁場など作れないだろう?磁場だけでなく、何か他にもありそうだ。」

「そうよね。そしてルシフェルが憑依したことで癌は治ってしまったわけでしょ?」

蒼鱗龍娯が言葉を続けた。

「なんかプラスとマイナス、陽と陰みたいな対をなす関係もありそうだよね。」

「(何れにせよ・・・)」

いつの間に入ってきたのか、ヤールマンが決意に満ちた目で立っていた。その耳元で盛んに口を動かしているのは通訳だろう。

「(我々はあの忌々しい敵に立ち向かう糸口を見つけたわけだ。もう一時の我慢もならん。すぐに作戦会議を開いて実行に移そう。)」

「(いや、悪いが准将、紗端とブラッククロスに対しては我々4人に任せてもらいたい。)」

朱羽煌雀がきっぱりと言い切った。

「(それは無茶だ。サー大林とも同意した。国を超えて全人類が力を合わせる時だと。)」

ヤールマンが声を荒げる。

「(ヤールマン、あなたの心には憎しみの炎が揺らいでいる。多くの部下を奪われた怒りが。人類は常に一握りの指導者に煽動され、欲と報復の戦いを続けてきた。だが、その感情こそが紗端の望むものなのだ。醜い嫉妬や憎悪の赤きオーラが奴のエネルギーの源であり、付け入られたが最後、人としての正しき心を失うだろう。そう、ウイルスに侵された人々のように・・・)」

朱羽煌雀の重みある言葉にヤールマンは口を噤んだ。

「(あなたの協力には本当に感謝する。あなたが成すべきは、無秩序の闇に取り残され、恐怖に震える人々を救済することだ。既にそこの医師たちは、私の血液からウイルスに対する血清を作り出そうとしている。それを手に世界を救うのだ。)」

 

「(それが・・・)」

スピーカーから声が流れた。

「(朱羽煌雀様、あなたの血液は進化してしまっています。ヘモグロビンの数値が異常に高く、しかも磁性を持っている。ここから取った血清を通常の人間に射てば・・・拒否反応を起こして死ぬでしょう。)」

菅野が沈んだ口調で説明した。

「(だとしたら・・・)」

ヤールマンが口を開く。

「(私の任務は決まった。もう一人の男、マツモトを捜すことだ!)」

朱羽煌雀が頷く。その脳裏にはこれからの道標が次第にはっきりと浮かび上がっていた。

 

 

宗陰の決意

 

薄暗い部屋で朱羽煌雀と宗陰は向かい合って座っていた。

「そうですか。米倉にとってはいい最後だったかもしれませんな。真の父親としての姿で消えることができたのですから。奴のことはワシも全く見抜けませんでしたわ。紗端に魂を奪われていたとは・・・」

宗陰がしんみりと呟く。

「ルリの時もそうだ。何故死の間際になってやっと親子の情を交わせるのだ。アキヒコの悲痛な叫びが痛ましい。」

朱羽煌雀が両手を顔の前で組む。

「これも紗端の狙いか。人間の愛情を逆手に取って自分への憎悪に変える。憎悪こそが奴の付け入る隙だからな。老師、私にはようやく道が見えた。あなたと言葉を交わせるのもこれが最後かもしれない。」

「はい。大したお役に立てませんでしたが、人類の希望のために煌雀様をお導き出来て感無量です。」

宗陰は朱羽煌雀の手を両手で被せるように包み込んだ。二人の体から青白い光がほとばしり、朱羽煌雀に急速に生命エネルギーが注ぎ込まれる。

「老師!何を!」

朱羽煌雀は手を振り解こうとするが、老人とは思えない力で宗陰が押さえつける。

「もう、ワシに出来ることはありませんのじゃ。この老いぼれの気を受け取って下され。大きな敵に立ち向かうために・・・」

朱羽煌雀はようやく宗陰の手を振り切った。両腕の血管が盛り上がり、はちきれんばかりの様相だ。宗陰はすでに意識なく、呼吸も止まっている。朱羽煌雀は静かに宗陰を抱きかかえると医務室へと運んだ。

『老師・・・あなたの気はしっかりと受け取った。なんと強く素晴らしい気だ。これだけ育むにはそれこそ身を削る鍛錬が必要だっただろう。あなたの行為、決して無駄にはしない。』

朱羽煌雀の頬に一筋の涙が光った。

 

「(お手上げだ、あまりにも手掛かりが少なすぎる。本国ペンタゴンのデーターベースはずたずただし、他国の民間人に関する資料は皆無に等しい。CIAとて同じ事、残る手立てはこの艦隊の乗員を上陸させてしらみつぶしに探すしかない。)」

ヤールマンが頭を抱える。ワシントンウイルスのワクチンを作り出す可能性を持つ松本を捜すと大見得を切ったものの、後ろ盾となるはずの世界一の情報網は崩壊したも同然なのだ。

「堤君、いやブルー・ドルフィン、松本という男は走り屋の間で有名だったわけだよね。実際にはルシフェルとしてだけど。」

作戦室に居合わせた長谷川が堤に聞いた。生命維持装置を付けられた宗陰の姿に意気消沈気味の堤は静かに頷く。

「あいつの黄色いNSXは環状線の悪魔とさえ言われていた。その悪名を知らないものなどいないだろうよ。」

「だったら今でも黄色い悪魔の情報は何処かでやりとりされてるんじゃないかい?やり方はともかく、一世を風靡したわけだろ?」

長谷川は部屋のメンバーを見渡す。圭子もフミカも涙の乾かぬ眼を長谷川に向ける。ヤールマンと思案に暮れていたCIAのワイズナムとブロンクスは長谷川の言葉に首を傾げている。

「(准将、インターネットに繋がるパソコンを借りたい。それとクロシオに連絡を、情報を見つけ次第自衛隊に任せるのが最良でしょう。あなた方はフライングシャトーの行方を確認してください。竹村博士やマルコのチームがSuzakuとSouryuを修復次第、朱羽煌雀は行動したがってますから。)」

長谷川が英語で告げる。生意気と罵られても仕方ない発言だろう。だが、ヤールマンは笑顔で親指を上に差し出した。

「(キミの言う通りだ。今は一刻を争う時、すぐに指示通りに動こう。)」

 

 

進化する巨大頭脳

 

フライングシャトーの中心部、直径50mはあろうかという巨大な黒い真球が高速で回転している。その周りと囲むように磁気記憶装置と集積演算装置がビッシリと並んでいる。稲妻のような紐状の光がひっきりなしに中央の球体から周囲に伸びて、一瞬磁気記憶装置に繋がった後消える。まるで生命体の脳のニューロンを結ぶシナプスのようだ。光の当った記憶装置に黒い霧が集まったかと思うと細い線となり、数個隔てた記憶装置との回路が形成された。この空間には目に見えない鉄や様々な元素が浮遊しているらしい。磁力の変化がそれを操り、新しい“神経”を作り上げていくのだ。

球体の上下に伸びる細いトンネルのような空間には、常に光の束が放射されている。電磁シールドを形成するエネルギーだろう。

《どんどん成長していくわね。》

カメラを通して中の様子を見たサーシャがテレパシーを送る。

《史上最大最強の意識がもうすぐ誕生するのね。》

マーシャがそれに答える。

《ラプトルは紗端の良き霊媒だった。発達した頭脳は紗端の意識の欠片を受け入れ、集団として紗端に近いものになった。でも個体にはどうしても個々の自我が目覚める。あの掘り起こしたラプトルしかり、米倉しかり。》

《人間の脳は眠っている90%の部分を使おうにも受け入れる資質がないものね。無理に薬やウイルスで覚醒させても負の向きに耐え切れず細胞が癌化してしまう。私たちのように最初から正の動きを封じてしまわない限りだめよね。》

《あら、それでも負を拒絶した人たちがいたでしょ?折角私たち同様生まれながらに紗端の意識の種をもらいながらそれを封じ込めたり吐き出してしまった奴らが。ルシフェル、そして朱羽煌雀!》

サーシャが口元を醜く歪めた。

《あの忌々しい波長が消えてないのは何故?!まだしぶとく生きてるというの?》

《大丈夫よサーシャ、このフライングシャトーそのものが紗端の意識の塊を受け入れれば・・・もう何者にもその支配を止める事はできないわ。》

《そうね、忠実なる最強の兵隊たちももうすぐ生まれるしね。》

サーシャが見詰める別のモニターには、無数のヴェロキラプトルの培養が最終段階を迎えていた。

 

 

夕日に向けて

 

空母シーギャラガの第5整備室、ワークステーションを備えたモデリングシステムを背に修復を終えたSuzakuとSouryuが室内の蛍光灯の光を反射して輝いていた。

「余分なおまけも付けられたようだか?」

朱羽煌雀はSuzakuのキャノピーの後にくねる2本の太いパイプを興味深く見詰める。以前は大きく開いていた後方の噴出口が加工され、ループを描いたバイパスにより推進器に引き戻されているようだ。

「竹村博士の指摘でね、今までのSuzakuの構造ではどうしても光速を超えることなど出来ないことが分かったんだよ。僕とマルコで昼夜を通して作り上げた新システムさ。」

長谷川の説明にマルコが横で頷く。

「光子を撒き散らすことが問題だったの。ある速度域までは関係ないけど、最終的に光速を目指すためには光子の放出は致命的なロスでしたわ。」

圭子が補足する。

「(例によって試運転の暇はなかったさ、ボーイ。出来は完璧だがね。)」

マルコが満足そうな笑みを浮かべる。その言葉がはったりではないことを朱羽煌雀は知っていた。

「分かった、キミらには本当に感謝している。もう残された時間はない、このまま最終決戦に臨みたいところだが・・・」

目指すラプトルとフライングシャトーは何処なのか、朱羽煌雀は艦内無線を手にした。

「(ヤールマン、フライングシャトーの行方はつかめたかい?)」

ボタンを離して応答を待つ。

「(ガガ・・昨日ヒマラヤ上空に怪しげな積乱雲が目撃されています。ワシントンウイルスによると思われる暴力事件も中国からインドに広がっている。今朝方中東の砂漠に雲を見たという情報もあるが、強い砂嵐が発生したため確認は取れていません。)」

ヤールマンの低音が無線を通して響く。

「(進路からして間違いないだろう。ブラッククロスは最後にヨーロッパにウイルスをばら撒いて紗端支配の下地を完成させるつもりだ。これからすぐに出発する。ヤールマン、艦載機で中東までの飛行は無理かい?フライングシャトーから戦闘機をおびき出す囮を何機か頼みたいんだが・・)」

「(これは光栄だ!我々の出番を作ってくれるとは。片道なら武器の代わりに補助燃料タンク満載でなんとかなります。途中で攻撃を受けたら終わりですがね。だが、帰る見込みのない飛行となるかもしれない。誰を行かせるか、それだけが・・・)」

「(准将、我々が行きます!)」

無線の向うで力強い声が響いた。

「(ケルン、セネガル、アンダーソン、キミらなら間違いなくやり遂げるだろう。だが中隊長の居なくなった部隊を誰がまとめていく?)」

「(何をおっしゃるのです。これこそ最後の出撃でしょう。これに失敗したらもう地球は終わりだ。部隊を残す意味など何処にあるのです。隊員たちには休暇でも与えてやって下さい。無事我々がやり遂げたらの話ですが・・・)」

「(聞いたでしょう、シュバ閣下。この艦でもっとも優秀なるパイロットたちがお供します。これで奴らに負けたら承知しませんよ。ワッハッハッハ)」

ヤールマンの笑い声が無線から広がる。みんなの口元も緩むが心の緊張が緩むことはなかった。

 

「頼むよ、朱羽煌雀。あなたに託すしかない。」

巡洋艦クロシオの甲板で陛下が朱羽煌雀の手を握った。一瞬宗陰のことが思い出される。オーラの流入がないことを確認して朱羽煌雀はニコリとした。甲板には大林総理を始め、政府の首脳陣が顔を揃えている。クロシオ艦長沖田の姿もその後にあった。

「陛下、あなたの理解が我々の行動を容易なものにしてくれたことに感謝する。」

朱羽煌雀の言葉に今や誰も反発を覚えない。真の悪魔に立ち向かう“神”の姿がそこにあった。

「手配中の松本は身柄を確保しました。黄色い悪魔の人気は大したものですな、すぐに裏情報にヒットしましたよ。彼が関西に移ってくれていて良かった。ワシントンウイルスのワクチンはこれで大きく前進します。」

大林の報告に朱羽煌雀は大きく頷いた。

Suzakuのコクピットに乗り込むと、静かに機体を浮遊させる。以前に増して静かだ。噴射口を改良した産物だろう。上空ではSouryu、Genbu、Byakoの3機がゆっくりと旋回している。朱羽煌雀は軽く手を上げるとSuzakuを加速させた。空母シーギャラガに向けて低空飛行する。甲板に長谷川や圭子やマルコが見える。フミカに連れ添った堤の逞しい体が夕日に映えていた。もう彼らを見るのはこれが最後となるかもしれない。朱羽煌雀は目に薄っすらと込み上げる涙を押し留め、会釈すると一気に上空に加速した。4機の超高速飛行物体は編隊を整えると、夕日に向けて消えていった。

 

 

 

 

[第四部①へ続く]