爪痕の疼き

 

空母シーギャラガの甲板では帰還した3機の高速飛行体、Genbu、Souryu、Byakoを囲み歓声が湧き上がっていた。

砂漠に不時着した勇敢なる飛行中隊長たち、ケルン、セネガル、アンダーソンからの無線で、ラプトルもフライングシャトーも消え去ったという吉報が届いていた。彼等の救出には既に大型輸送ヘリを飛ばしている。そして一方の脅威であったワシントンウイルスのワクチンも、ラットの実験で確実な効果を見せていた。

「(お帰り我が称えるべき勇者たちよ。絶望は去り、希望に変わる。人類は悪魔によりその一部を欠いたが、神のご意志は我々に生きよと仰ったのだ。)」

ヤールマンが力強く降り立った3人の手を握り締めた。

「(俺たちはまだ喜ぶことは出来ない。時空へ一人で旅立った友が帰還するまで・・・)」

玄蘒武炫が硬い表情で答えた。

「(そうね、私たちは何も出来なかった。ただ彼の勇姿を眺めているだけだったんだわ。)」

蒼鱗龍娯の長い睫毛が揺れる。

「(俺たちは勇者などと呼ばれたくないさ。本当の勇者が誰か、人々に正確に伝えてくれ。)」

白牙虎鉧が訴えた。

「(そうだな、一番肝心な人はまだ一人で戦っている。最早我々に出来る手助けはないかもしれないが、せめて無事を祈らせてもらおう。)」

ヤールマンの指揮で甲板の歓声が止み、全員が真剣に祈った。再び平和をもたらした朱羽煌雀、アキヒコへの感謝と無事に対して・・・。

 

砂漠に開いた直径10kmもの巨大な穴は、地底深く真円を描いていた。灼熱の太陽が戻り、湿った砂を嘘のように乾燥させていく。救助を待つケルン、セネガル、アンダーソンは切り立った崖を覗き込むように砂の上に胡座をかいていた。

「(見れば見るほど恐ろしい穴だな。吸い込まれそうな気がするぜ。)」

「(そうだな、マッターホルンがすっぽり収まりそうな深さだ。やがては砂が造形を変えるだろうが、新しい名所になるかもな。)」

そう呟くセネガルの耳に地鳴りのような音が聞こえた。

「(早いな、もう迎えのヘリか?)」

「(いや違う・・・この音は!逃げろ!ここは危ない!)」

ケルンが叫びながら立ち上がる。アンダーソンとセネガルも蒼ざめた表情で駆け出した。

ゴゴゴゴ・・・

不気味な地鳴りが響き、穴の淵の砂がパラパラと舞い落ちる。次の瞬間、激しい下からの突き上げが遅い、3人は弾かれるように飛ばされた。

「(ウワァァァ・・・)」

絶叫を掻き消すように横揺れと轟音が襲う。亀裂が地面に走り、倒れ込んだ3人の周りはひび割れた干潟のようになった。

ズズズズ・・・・ズズーン!!

巨大な穴の周りが崩れ出す。それを切っ掛けに干潟が陥没するように穴に飲み込まれた。一瞬にして穴は倍ほどの広さと深さに変わり不時着したF-14戦闘機さえも姿を消した・・・。

 

「(どうやら我々の常識を超えた地殻変動が起こりそうですな。)」

穴から遠く離れた砂漠の上に、仮設テントの観測所が設置された。ヤールマンの連絡により集められた各国の地質学者たち、普段は主張の違いで対立する者さえその一言を否定できない。

「(この下部のマントルの対流が活発になっています。揺さぶられた地殻が先刻の地震を招いたのでしょう。元々半球状の穴の周りに無数の小規模な球状の欠損が出来ていた様です。ブラックホールと呼べば宜しいですか?直径10kmのそれを本体として輻射ブラックホールとでも呼ぶべきものが周囲に生成されていたのですよ。地震自体は大した規模ではなかったが薄氷の様な穴の周囲では大変なものだったでしょう・・・お気の毒でした。)」

窪んだ目を束の間伏せた後、地質学者は言葉を続ける。

「(問題はこれからです。ブラックホール生成時の想像を絶する磁場はほんの僅か地軸を傾けてしまったようです。それが消えた今、地軸が安定した位置に戻るためにゆっくりと揺れ戻しが起きています。体で感じる事は出来ませんが地球全体が揺れ動き、特に液状の内部マントルに対する影響は・・・)」

「(何が起こるというんだ、はっきり言ってくれ!)」

痺れを切らしたヤールマンが地質学者の体を揺する。

「(マグマの噴出・・・でしょう、おそらくは。世界のあちこちで火山が噴火し、特に地殻が抉られ弱くなったここでは相当な規模の噴火が考えられます。)」

学者たちはそれぞれ無言に頷く。

「(連絡の取れる各国に緊急避難勧告を出そう。)」

後ろで耳を傾けていた大林総理が口を開いた。

「(そうですな、取り敢えず休火山を含め山から遠ざかるように。また多少の被害者は避けられまいが、今や国境を越え人種を越え世界が一つとなって試練を乗り越える時だ。よし、合衆国と日本の名で緊急連合通達だ!)」

ヤールマンがシーギャラガに控える無線員に高感度トランシーバーで指示を出す。

「(被害は直接的なものだけではありません。併発する地震や津波、そしてこの地での有史以来最大規模と思われる噴火は特に深刻です。吹き上げる噴煙と火山灰が空を覆い、暫くの間太陽光を遮断することが予想されます。)」

地質学者が溜息混じりに言う。それは半ば諦めの吐息だ。

「(大袈裟だな、学者さんは最悪をさらに上乗せして言う事が多いからな。何日か何週間か太陽が見られなくたって仕方ないじゃないか。危機を乗り越えるのに我慢は不可欠だ。)」

ヤールマンがやや機嫌を損ねた表情で説く。士気を高めるべき今、邪魔をするような真似が気に入らなかった。

「(いえ、我々の予想できるのは最低レベルのシミュレーションです。ここからどれだけのマグマが噴き出すのか・・・軽く見積もってもその噴煙は地球全体を数年から数十年は覆うでしょう。地球は闇に閉ざされ、冷えきり、氷河期が訪れる。世界的規模のエネルギー難と食料難、蔓延る疫病。真綿で首を絞めるように人類は終焉を迎えるでしょう。その前に暴動による殺し合いで自滅するかもしれない・・・。我々は未知の局面を迎えようとしているのです。)」

事の深刻さをようやく場の全員が理解した。心の闇へと追い詰められた人間が取る行動は、ワシントンウイルスが証明済みと言ってよかった。重苦しい空気が漂う。

「(噴火はいつ頃起きそうなんだ?)」

グラグラとテントが揺れる。地震が頻繁になってきた。みんながよろけて何かに掴まる中、ヤールマンは踏ん張りながら尋ねた。

「(1時間内には起きるんじゃないでしょうか・・・マントルが怒り狂うように四方からここに押し寄せています。)」

1時間・・・あまりにも短い時間だ。その間に人類は覚悟を決めなければならないのか。自分たちの繁栄の無力さを味わいながら・・・。

「(玄蘒武炫、何とかならないのかい?あんたはマグマを操って地震を起こせると言ったじゃないか。)」

蒼鱗龍娯が肘で小突きながら囁いた。

「(だめだ、規模が大き過ぎる。)」

玄蘒武炫が悔しそうに答える。

「(これが地球の答えか?俺達が破滅への引き金を引いてしまってってことか・・・)」

白牙虎鉧は遠くに広がる巨大な穴を眺めた。4人で作り出した巨大ブラックホール、地球はその行為に罰を与えようとしている。

「(何か出来る事があるんじゃない?私たちは地球の子供、朱羽煌雀が言ってたじゃないか。私がもとのアン・モンゴメリーに戻らないのは、あんたたちがミカエル・シュナイザーやヤン・マユニネンに戻らないのはまだ使命が残されてるってことじゃないのかい?)」

蒼鱗龍娯の言葉に残りの2人も頷く。3人はそれぞれの機に乗り込み、発進した。

 

 

悲痛の叫び

 

―エネルギーが意思を持つのか?

アキヒコはラプトルやワシントンウイルスの一件を思い浮かべた。

―何れの場合も紗端は何かに寄生して活動が始まった。特にワシントンウイルスは個体として完成されながらも単独では紗端と呼べる存在ではない。

何か重要な鍵がそこにある気がした。

―そうだ・・・朱雀も時空のエネルギーを自在に使うことは出来る。あらゆる領域にオーラのセンサを張り巡らせて侵入者を感知するじゃないか。だがエネルギーそのものが本体ではない。とすれば・・・紗端にも本体が存在する?

裏朱雀という呼び名が電光の如く過ぎる。朱雀と紗端には何か共通点があるのではないか・・・。

《ファッハッハ、そろそろお別れの時だ。叩き潰してくれよう。》

紗端の宣告が閃きかけた何かを遮る。妖しく光る反エネルギーの高密度領域が鞭のようにSuzakuの辺りを走り回る。呑み込まれ、ローラーで押し潰されるように崩壊した反素粒子は鞭の棘となりその威力を増した。

ボコボコボコボコ・・グェェェェェ・・・ギァァァァァ・・・!

荒れ狂う外はまるで煮えたぎる強酸の海と化し、苦悶の悲鳴が絶え間なく続く。

「うぉ!」

アキヒコの口から短い叫び声が漏れた。突然Suzakuが意に反して加速を始め、狂ったように暗闇を突き進んで行くではないか。光の帯に巨大コンピューターが照らし出された。Suzakuは高速でそこに向かう。正面に立ちはだかる障害物に対して減速するどころか益々加速していく。アキヒコは両手で頭を抱え込み、衝突に耐える姿勢を取った。

ドーン!!ビシビシビシ・・・

脳震盪を起こしそうな激しい衝撃、鉄壁の電磁シールドとダイヤのぶつかり合いだ。アキヒコは首筋の痛みを振り切って被害を確認する。破損は即消滅を意味する。幸運にもSuzakuは無傷だった。

―クソ!どうなってるんだ!

《ファッハッハ、よく出来たおもちゃだ。もう一度いってみるか?》

Suzakuが勝手に後退を始めた。距離を取り、再び加速を始める。見る見る速度を上げると巨大コンピューターに突進する。

ドン!グワァァン・・グワァァン・・ンン・・

暴力的衝撃波がSuzakuを揺らした。再び電磁シールドに激突させられたのだ。

ピシッ!

コクピットを覆うキャノピーの内側に細かな亀裂が入った。まだ外側には貫通していないようだ。アキヒコの顔が蒼ざめ、こめかみを汗が伝う。

《どうやら電磁シールドには敵わなかったようだな。念仏は唱えたか?》

紗端の気味悪いテレパシーが木霊す。捕らえた獲物をいたぶる快感に酔いしれているのだろう。

《お待ち下さい、紗端様。》

再びSuzakuを後退させようとする紗端をサーシャが制した。

《その電磁シールドも既に限界のようです。もう一度同じ衝撃を受けたらシールド発生装置が壊れる可能性があります。ルビンスキー伯爵の脳が衝撃で機能停止しても厄介ですわ。5000万年まった大渦を前に急ぐこともないでしょう。それに・・・あちらの彼女がほったらかしで寂しそうですわ。》

《ほほう、確かにそうだ。こいつだけ消滅させるのも味気ない。》

紗端はSuzakuを操作すると機首を別の方向に向けた。アキヒコの正面に弱々しく漂う電磁シールドの檻が見えた。

―!

Suzakuをリエの体が横たわる檻に飛び込ませようという意図は明らかだ。アキヒコの心拍数が急激に高まり、焦りと怒りと悲しみが一気に押し寄せてきた。

《や、止めろ!彼女には手を出すな!》

Suzakuからテレパシーの赤い霧が飛び散る。まるで瀕死の子兎から血飛沫が噴き出すようだ。

《ファッハッハ、それだそれだ、その感情のオーラこそ我が至福のご馳走よ。もっと苦しめ、もっと悲しめ、もっと絶望を味わえ!》

Suzakuがゆっくりと加速を始めた。アキヒコはそれに抗うようにSuzakuを逆噴射させようとする。操縦桿は鋼鉄の棒となりピクリとも動かない。

「止まれ、止まれー、言う事を聞けよ!Suzaku!!」

徐々に速度を上げるSuzakuを罵るアキヒコの声が虚しくコクピットを揺るがした・・・。

 

《エネルギーだ!推進エネルギーが問題だ!》

朱羽煌雀が叫ぶ。

《紗端は今Suzakuの推進器を中から自由に操っているんだ。何とかそれを断ち切らない限り私たちは終わりだ。》

命に代えても守りたい聖域のシールドがグングン近付く。為す術無いまま自らの手で最愛の存在を消し去るのか、アキヒコは胸をぎゅうっと締め付けられた。モナコの悪夢、スクァーラルでかすみをはね飛ばした光景が蘇る。もう二度とあんな思いは味わいたくない、アキヒコを突き動かす原動力でもあるその決意が今微塵に打ち砕かれようとしているのだ。自分がどうなろうともそれだけは避けたい、心からそう思った時、アキヒコに恐るべき考えが閃いた。

―俺の魂をSuzakuに喰わせてやればいい・・・

魂・・・精神やオーラやそういった目に見えないものもれっきとした表宇宙の粒子で出来ている。それをエネルギー源として、紗端が支配するSuzakuの推進装置を奪い返せばいい。

《朱羽煌雀・・・聞いているかい?俺はこの体をあなたに任せる。後は頼むよ。》

《残念だがその期待には添えないな。何故ならSuzakuを奪い返すその役目は私のものだからだ。》

朱羽煌雀がフッと遠のく感じがした。

《お待ちなさい、戦いはこれからが本番、あなた方のどちらかが欠けても紗端に抗うのはキツイですじゃ。ここは一つ年寄りに任せなされ。可愛い孫を救うため、これでワシもここに来た甲斐があるというものじゃ。ワッハッハ・・・》

宗陰はそう言い残すとアキヒコの体を離脱し、コクピットの排気メッシュへ消えた。完全なる一方通行のダクト、一旦そこに放り込まれたら何層もの遮断フィルターを介して機外に排出されるしかない。アキヒコはSuzakuの下方に目を移した。翼の陰にキラキラとダイヤモンドダストのように輝く光。宗陰の魂が反物質の洗礼を受けて光子を放ちながら消滅していく荘厳なる美しさ。

「老師ぃぃ!」

アキヒコは声を限りに叫んだ。Suzakuの下で煌く魂が一瞬手を振ったように見えた。

青白い輝きは反エネルギーに喘ぎながらSuzakuの吸入口を覆う。Suzakuはそれを千切るように推進器へ送り始めた。反エネルギーに満ちた推進器は全速で回転を続けている。回転の切換えには一旦停止が必要だがコントロール不能の今それは出来ない。推進器の内部に青い火花が飛び交う。限られた閉空間での紗端と老師の戦いだ。

横たわるリエの表情がはっきりと分かる距離になってもSuzakuの操縦桿は動かない。アキヒコの掌は擦り切れ、滲み出た血で握りが滑る。身に纏った服で掌を拭うと激痛が走った。

―生きてる最後の証しかな・・・

かすみとリエだけを消滅させる気は無かった。アキヒコは衝突の瞬間に魂を離脱させ、Suzakuから抜け出して二人の意識と触れ合う決意をした。最後まで紗端と戦う、地球のため人類のためを考えればそれが正しい判断なのだろう。だが今のアキヒコにとってはかすみが全てだった。ちっぽけな人間・・・群集の後ろ指を指す声が聞こえて来そうな気がする。心の葛藤が渦巻く・・・。

《ワシはまだ戦っているぞ!!》

老師の活を入れる声が聞こえた気がした。

―そうだ!まだ諦めてどうする!

アキヒコは奮い立って再び操縦桿に渾身の力を込めた。目の前に迫るリエの動かぬ横顔を見詰めながら・・・。Suzakuのノーズが電磁シールドを突き刺すように見えた瞬間、操縦桿が動いた。Suzakuは機首を下に向け、のコクピットの真上をパチパチと青白い火花を放ちながら電磁シールドが通過する。アキヒコはスロットル全開で逆噴射させる。このままでは垂直尾翼が電磁シールドを抉ってしまう!Suzakuは瞬時に停止した、だが、その尾翼は電磁シールドに突き刺ささっていた・・・。

 

―どうする!

外は反エネルギーの嵐が吹き捲る。風圧を受けて電磁シールドの檻が離れた瞬間に僅かの隙間から怒涛の如く反エネルギーが傾れ込み、全てを消し去るだろう。タイトロープどころではない、針の先端に立つようなバランスで保たれているようなものだ。

《小癪な!!》

紗端の猛り狂うテレパシーが響いて来た。

「かすみ!!リエ!!起きろ!!目を覚ませ!!」

アキヒコはテレパシーと同時に声を出した。高密度領域の光の蛇が不気味に頭を擡げるように迫り来る。このままでは身動きも取れない!

《今度は僕の番だね。》

ルシフェルはそう言い残すとアキヒコの体を離れてSuzakuの外に飛び出した。煌く青い輝き、瞬時の出来事にアキヒコは息を飲む。ルシフェルは電磁シールドの中に滑り込んでいった。

リエの体がゆっくりと身を起こし、立ち上がる。

「いいぞ、何処でもいい!Suzakuに掴まれ!」

体を動かしているのが誰かは分からないが、アキヒコの叫びに反応してリエはSuzakuの垂直尾翼にしっかりと抱きついた。アキヒコがSuzakuの翼を翻すと間一髪光る蛇頭が掠めて行った。

《間に合って良かったね。》

ルシフェルのテレパシーが返って来た。

《ルシフェル!無事だったのか・・・》

《うん、溶けて無くなることを覚悟してたけど、どうやら何ともないみたいだよ。》

アキヒコは安堵と嬉しさに大きな溜息を付いた。反エネルギーの海に浸かったルシフェルの意識が、殆ど無傷!何たる奇蹟か、堕天使ルシフェルがサタンとなる・・・キリスト教か古代ギリシャ神話だか忘れたがそんな一説が頭を過ぎる。名前のせいでもなかろうに。

「あ!」

アキヒコは思わず声を上げた。何故ルシフェルと名付けられたか、崩落するフライングシャトーの中で聞いたルビンスキーの独り言を思い出したのだ。

―負のエネルギーの三次元波動は人の生体エネルギーと逆回転で、ルビンスキーは紗端受け入れのためにそれを操作しようとしていた。クローンであるサーシャとマーシャはRSS(リバーススパイラルスピーシーズ)、つまり恐竜ヴェロキラプトルと同じ逆回転、そしてさらなる進化系ルシフェルはDSS(デュアルスパイラルスピーシーズ)だと言っていた。反エネルギーが負のエネルギーと同種だとすれば、ルシフェルの生体エネルギーは反エネルギーに触れても消滅せずに三次元波動のスパイラルを変えて同化出来る。青白い光はスパイラル変換に利用された周囲の反エネルギーから発せられたものなのだろう。まさに天界と地の底の両方で活動した堕天使ルシフェルそのものだ。

そしてアキヒコはルビンスキーの重要な一言を口にする。

「朱羽煌雀こそ正統なるDSSだ!そして俺も・・・」

突然目の前に希望の光が見えた。かすみとリエを救い出せる!

《朱羽煌雀・・・》

アキヒコは自分の頭の中へ呼びかける。

《ああ、それしかないだろう。》

既に思考を読取った朱羽煌雀が答えた。

《何れにしろチャンスは一度きり、吹き荒ぶ嵐、タイミングが全てだ。》

朱羽煌雀もアキヒコも心に射し込んだ希望という光の明るさに重大な事を見落とした。ルシフェルはあまりに無事過ぎるのだ・・・。

 

 

破滅への道

 

砂漠の穴の上空を旋回しながらも3人は立ち上る熱気がかなり危機的なものであることを感じ取れた。ただでさえ灼熱の地表だが、穴の中は明らかに太陽光によるものではない地熱が立ち込め、日陰でも陽炎が揺らめいている。頻繁に砂が崩れ落ちるのは地震のためだろう。穴の中央から今にもマグマが噴出しそうな不気味さが漂っていた。

《私らの能力で何が出来るんだろう?海水を竜巻にしてここまで導いてもこの規模を冷すんじゃフライパンに水滴を落とすようなものね。白牙虎鉧の雷も雲一つ無い青空では使えない。玄蘒武炫が地震を起こそうものなら火に油だわ。》

率先して飛び立った蒼鱗龍娯だったが、大きすぎる相手に気持ちが押し潰されていた。

《何もせずに指を咥えているか?これこそ人類滅亡への引き金かもしれないぞ。悪足掻きでも最後まで全力を尽くそうじゃないか。》

玄蘒武炫はそう言いながら最善の策に素早く知恵を絞った。

《単独で動くよりも力を合わせよう。いいか・・・》

 

Souryuは全速で海に向かい、出来る限りの海水を巻き上げて戻って来た。穴の中心に向けてその竜巻を放り投げる。海水は殆ど地表に届く前に凄まじい勢いで蒸気と化した。噴煙のような水蒸気が空に向けて柱を築き、穴の上空に積乱雲を作り上げる。

《よし、いいぞ!》

待ち受けた白牙虎鉧が積乱雲に向けて精神を集中すると二人に合図を送った。

《行くよ、いい?》

穴の周囲を地面すれすれにSouryuがゆっくりと旋回する。

《本気で狙いなさいよ、白牙。》

積乱雲からSouryuに向けて稲妻が走る。寸前で蒼鱗龍娯は身をかわした。閃光は耳を劈く威嚇のエイトビートを引き連れて砂漠に突き刺さる。瞬きする間もなく第2弾、第3弾がSouryu目掛けて空を切っていた。無数の落雷が大地を揺るがし、穴は光の滝と轟音に包まれた。穴の中で停止したGenbu、玄蘒武炫は全気力を地下に脈動するマグマに向けた。

《地球よ、我に力を!怒りを背けよ!》

地鳴りとともに穴の周囲に局所地震が始まった。雷で脆くなった砂岩が震動し、パラパラと崩れる素振りを見せる。

《行け!崩れろ!!》

3人が一斉に念じた。数秒後、壁は轟音を立てて傾れ落ち、砂煙が辺りを覆い尽くした。

 

視界を奪い取った砂の煙幕が和らぐ数分間、地上で待つヤールマンたちにとって息を凝らす時間が続いた。

「(・・・埋った・・・穴が埋ったぞ!)」

双眼鏡を覗くヤールマンの手が歓喜で震える。

「(やってくれたよ彼らは!これでまた一つ危機を乗り越えたな。)」

「(いえ・・・)」

地中観測機のモニターを見詰める地質学者が蒼ざめた表情で凍りついた。

「(マグマの動きは収まりません、来ます、真下から!)」

ズズズズ・・・・!!

人類の終焉を告げる地響きの銅鑼が鳴り響く。途方に暮れたヤールマンたちの視線の先に小山が盛り上がった。一瞬の静寂、小山は10倍は有ろうかと言う巨大な火柱に空高く突き上げられ消えた・・・。

 

《クソ!地球の引き金は止まらなかった・・・》

玄蘒武炫は直径20km、成層圏まで突き上げるマグマの火柱の周りを旋回する。SouryuとByakoがそれに続く。地球の内部が全て噴き出すのではないかと言う勢いで誰も見たことの無い噴火が始まった。地球が繰り広げる壮大なるショー。自分たちの星でなかったら、その美しさにうっとりと見とれていられただろうか。

《無力な自分が不甲斐無い・・・もう俺の役目は終わったな。》

玄蘒武炫は大きく息を吸い込むと悔しさを搾り出すように雄叫びを上げた。

「ウオォォォォォ!!」

Genbuのコースを下方に変えるとマグマの噴出口に向けて突進する。

《玄蘒ぃぃ!!》

蒼鱗龍娯と白牙虎鉧も後を追った。3機の翼端から発する飛行機雲は螺旋状の軌跡を描き、燃え滾る火柱に消えて行った・・・。

砂漠から吹き出たマグマのエネルギーは地球の公転軌道を揺さぶる勢いを持っていた。崩れた重力バランスは両極から伸びる磁気を波打たせ、強さを増しながら火柱へと押し寄せた。共鳴が作る磁気リングは火柱を包み込み、そこにとてつもない空間の歪を生み出した。

 

《ファハハハハハ、来る、来るぞ!》

紗端の嬉々としたテレパシーが裏時空に響く。

《残念だな、お前との遊びは終わりだ。始末を付けたいところだが、どの道お前に助かる術はない。永遠にこの世界を彷徨うだけだ。》

ジジッ!

Suzakuの尾翼に繭の様に付いた電磁シールドが明るく瞬く。蝋燭が消える寸前に、電球が切れる間際に、自分の存在を誇張するかの如く一段と輝く・・・そう電磁シールドに最後の瞬間が訪れたのだ。シールドとしての出力を超えたエネルギーが溢れ出し、反エネルギーに交わって煌いている。最早躊躇は許されない状況、アキヒコはSuzakuのキャノピーを開けた。

 

サーシャはブラックデルタから遠隔操作でルビンスキーの脳を包む巨大コンピューターの起動スイッチを入れた。内部に火花が飛び交い、表示ランプが点灯していく。

《おお・・・記憶が・・・溢れてくる・・・ついに・・・積年の願い・・・叶う時》

パリン!ビシビシビシ・・・!

配線の焼け焦げた箇所にオーバーロードが掛かり、コンピューターは暴走しだす。電磁波が乱れ飛び、強力な磁界が形成された。ルビンスキーを保護する培養ケースはその衝撃で微塵に砕け散る。

《軽い・・・何だこの開放感は!素晴らしい!》

破滅した脳を追われたルビンスキーの意識はコンピューターを包むシールド内を自由に飛び交っているのだろう。成虫となった蜻蛉の如く、最後の輝きを味わうように・・・。

 

闇の空間に突然明るいリングが現れた。あたかも皆既日食のコロナのように放射状に広がりながら裏時空を照らし出す。Suzakuもブラックデルタも巨大コンピューターも、全てが白日の下に曝された。空間を貫く幾多の黒いチューブ、反エネルギーの嵐の余波が歪んだ映像を繰り為している。

《時は満ちたり!我が僕よ、シールドを消せ!》

姿無き紗端の声が飛んだ。サーシャはワクワクした表情でコンピューターを包む電磁シールドのスイッチを切った。光の洪水と共にコンピューターは消滅していく。

《グワ!》

短い断末魔を残してルビンスキーの意識も消えた。強烈な磁波がリングとなって辺りに広がっていく。紗端の未来が開け、人類の歴史が幕を閉じるのだ。

 

 

最愛の絆

 

反エネルギーが傾れ込むSuzakuのコクピット、朱羽煌雀の黄金のオーラがアキヒコの体を包んでいた。煌く神々しさ、地獄に舞い降りた神の使い。アキヒコの予想通り朱羽煌雀のオーラは消滅しなかった。反エネルギーに触れた表面は波動スパイラルを変え周りに適合していた。DSS、デュアルスパイラルスピーシーズの驚くべき適応力。アキヒコは揺れの収まりを待ち、操縦桿をロックして裏時空へ体を漂わせた。

コロナの出現とコンピューターの消滅は機外で見ていた。宇宙遊泳のように尾翼へ向かい、アキヒコは輝く電磁シールドに滑り込む。ついに再会できた!目の前に佇む最愛の相手を見詰めるアキヒコの涙腺が緩む。

「かすみ・・・リエ・・・」

正面から強く抱き締めた。朱羽煌雀のオーラがリエの体も包み込む。

《僕の役目はもういいね・・・》

ルシフェルはそう囁くとリエの体を離れて朱羽煌雀とともにバリアとなった。

「アキヒコ・・・」

「かすみ!」

リエの声でありながら、かすみの意識であることをアキヒコは直感した。

「夢じゃないのね・・・もう一度あなたと言葉が交せるなんて・・・ああ神様!」

「もう大丈夫だ。決してキミを離しはしない・・・」

溢れ出る思いに二人は唇を重ねた。目を閉じるとかすみの温かさが流れ込んでくる。いつまでもそうしていたい欲求を振り切り、アキヒコはそっと唇を離した。

「リエも無事?まだ眠った状態なのか・・・」

感じ取れないリエの意識、アキヒコは安心を得たくて確認した。

「それがちょっと変なの・・・ルシフェルからお互い元気を分けて貰った筈なのに、リエさんは目覚めまいとしているみたいなの。目覚めたがる気持ちと抑え込む気持ちの葛藤を感じるのよ。」

かすみの言葉が終わるや否や裏時空に異変が起きた。ドーナッツ状のコロナにコンピューターの発した磁場の大波が重なると、ドーナッツの中央部分に渦巻きが出来たのだ。渦巻きはゆっくりと回転しながら周囲のエネルギーを吸い込み始めた。

「大変だ・・・紗端が地球へと抜け出していく!」

このまま裏時空の反エネルギーが流れ出せば地球は紗端に支配された暗黒の世界へと変わるだろう。殺戮と破壊が生み出す憎悪と絶望・・・それらが紗端にとってはこよなきご馳走なのだ。

《ファッハッハッハ!》

勝ち誇った紗端の高笑いが頭に木霊してくる。

「紗端に比べればちっぽけな存在の俺にこれ以上出来ることなんて無いかもしれない。だけど何とかしなければ・・・かすみ、Suzakuのコクピットへ急ごう。」

アキヒコはかすみをしっかりと抱き寄せてコクピットの方に顔を向けた。その目に信じ難いものが映る。コクピットに置いて来た朱雀の水晶体、反エネルギーに曝されてもそれは消滅することはなかった。それどころかDSS細胞は反エネルギーと同化し、徐々に黒い霧の中から何かを吸収し、水晶体を中心に体を作り上げていた。それが良からぬものであることは誰の目にも明らかであった。黒い雛のような実体は我が物顔でSuzakuのキャノピーを閉じると機体を加速させ、急旋回させた。尾翼に刺さった電磁シールドが振られて離れた。

パリパリパリ・・・

卵の殻を砕くように電磁シールドが消滅した。アキヒコとかすみは反エネルギーの海に放り出される。オーラのバリアが二人の身を消滅から救っていた。

「何と言うことだ・・・Suzakuを乗っ取られた。」

巨大渦巻きから地球に流れ出す反エネルギー、抗う術を失ったアキヒコにはもう止める事が出来ない。諦めの脱力感が襲い来る。

 

「何か光ったわ。」

かすみがコロナを見詰めて呟いた。アキヒコもその方向に瞳を凝らす。確かにキラリと何かが光った。一つではない、2個、いや3個の小さな物体が浮遊している。コロナの発する光を反射して美しく輝くそれはこの空間外から飛び込んできた何物かだ。

「ねえ、アキヒコそこ・・・!」

かすみが指差す別の方角には直径2m程の黒球が浮かんでいた。少しずつ萎んで小さくなっていく。

―そうか!

それは電磁シールドが消滅したために現れた裏宇宙への出口なのだ。素粒子分解を塞き止めていたシールドという堤防・・・、目隠しされていた穴・・・、アキヒコに与えられし武器がそこにあった。

アキヒコは黒球に精神を統一する。念じるとそれは動いた。勢いを溜め、コロナに向けて弾き飛ばす。巨大な渦巻きに吸い込まれるようにして消えた黒球。一見何の変化もないようだがアキヒコには渦巻きの揺らめきが感じられた。

「やっぱり・・・あの渦巻きは突然変異のように本来繋がり得ない裏時空と表宇宙の間を強制的に抉じ開けてる不安定な物なんだ。ブラックホールをぶつければその分簡単に消滅する。」

アキヒコは巨大コンピューターが塵と化した空間に目を転じる。仄暗い中にぼんやりと漆黒の闇が存在していた。そこには規模の大きなブラックホールが主の命を待つかのように口を開けていた。

―墓穴を掘ったな、紗端・・・

シールドを破壊したがために解けた封印。アキヒコはブラックホールを睨みつけ、有らん限りの精神力を振り絞る。全身の毛穴から黄金のオーラが噴き出し、髪の毛が逆立った。

《朱羽煌雀!ルシフェル!力を貸してくれ!》

バリアが急激に縮み、その分アキヒコの肉体が大きくなったように見えた。黄金のオーラの輝きはバリアを突き抜けて反時空の海に美しい光のコントラストを投じる。

ズズ・・

5kmはあろうブラックホールが根負けしたように動き出した。次第に加速し、円軌道を描いてコロナの中心に向かう。

《やったな!》

朱羽煌雀がアキヒコを労う。形勢が変わった訳ではない。しかし一矢報いた感はあった。ブラックホールは渦巻きにめり込むように突入する。裏時空が大きく歪んだ。

コロナが真円に戻った時、渦巻きは確かに規模を縮めていた。が、消滅はせずに依然そこにある。出現時の半分程度の大きさで反エネルギーを地球へ注ぎ込んでいく。

「くそ!もう少しだったのに・・・」

完全に消滅させるにはもう一つ同じスケールのブラックホールが必要だ。アキヒコは無傷で残るもう一つの敵、電磁シールドに包まれたサーシャのブラックデルタを燃えるような目で見詰めた。

 

《小僧、邪魔立てしおって、小癪な!》

紗端の猛り狂ったテレパシーがアキヒコの思考を遮る。反エネルギーの空間に突然大きな鉈が出現したかと思うと、アキヒコとかすみを目掛けて猛烈な勢いで振り下ろされた。

「かすみ!俺だけを信じて目を閉じて!」

アキヒコは自らの恐怖を振り払うようにかすみをより一層強く抱き締める。

「大丈夫、あなたと一緒なら何も恐くない・・・」

鉈は二人の胴体を真っ二つに分断するように食い込んだ。

―死んでなんかいない!これは紗端の見せる幻影だ!

アキヒコは強く自分の存在を信じた。かすみは肉体の激しい痛みに耐えて、震える手でアキヒコの背中を掴んだ。一途な愛を全身で感じたその瞬間・・・。

「生きてるぞ!!」

アキヒコの叫びが体に食い込んだ鉈を消し去る。割れた体は元に戻り、痛みも無くなった。もしアキヒコ一人だったら、反エネルギーに増幅された恐怖に負け、心は自分の体を切り裂いてしまっただろう。強い愛の絆がそれを撥ね退け、二人を守ったのだ。

再び襲い来る鉈をアキヒコは正面から見詰め返した。今度は体に届く前に鉈は霧の如く消え去る。

「もう通用しないぞ、紗端!」

アキヒコはSuzakuに向けて叫んだ。コクピットに蹲るように収まった黒い影がこちらを見詰め返す。

《恐怖の見せる幻影を消し去るとは、惜しい奴よ。我が僕と成りたれば永劫の生命と快楽を与えて側に仕えさせたものを。》

実体化した紗端はSuzakuに再び反エネルギーを吸引させる。それに抵抗するかの如く悶え揺れ動く機体。宗陰の魂の格闘虚しく、Suzakuはやがて静止した。

《折角犠牲になったのに残念だったな。ファッハッハ》

宗陰のオーラは完全に消滅させられたようだった。歯軋りしながらそれを見詰めるアキヒコ目掛け、紗端はSuzakuを発進させた。幻影が駄目なら今度は直接始末するつもりだ。

 

 

忍び寄る変化

 

《アキヒコ・・・ちょっと拙いことになりそうだ・・・》

宗陰のショックが尾を引く中、朱羽煌雀が突然言い出した。

《今こうして反エネルギーに身を曝してみて良く分かったよ。私のオーラは消滅こそしないが次第に違うものに変わっている。それが何であるかは分かるだろう?》

「そんな・・・」

アキヒコは言葉を失った。DSSがスピン変換されたら性質も変わる、それは予想すべき事態であった。天使は悪魔に、朱羽煌雀はすなわち紗端と同質のものに変わると言う事だ。知らぬ間に忍び寄った病魔に冒された・・・最早手遅れということか。末期癌の宣告でも受けた心境だった。

《正しき意識があるうちは私はバリアを維持しよう。だがそれも長くは続くまい・・・。このまま悪しき物に変わるよりは自らを消し去りたい。キミは戻れ、ルシフェル!》

バリアにあったルシフェルのオーラがアキヒコの体に戻った。《僕は何ともない!一緒に頑張らせてよ!》

確かにルシフェルのオーラに変化は感じられなかった。

《勘違いするなルシフェル。キミが無事なのは自分の力ではない。それより来るぞ!》

Suzakuの尖ったノーズが突き刺さるように迫ってきた。自らは動けないアキヒコにそれを避けることは出来ない。バリアが縮み、オーラが1点に凝集する。Suzakuの衝突によるショックを弾かずにクッションのように包み込んだ。弾かれていたらバリアが破れる事はなくても中のアキヒコたちは豆腐のようにグシャグシャだったろう。Suzakuの機首にピタリと貼り付いて、アキヒコはコクピットの黒い影と正対した。

「お前が紗端の本体か!」

《ファッハッハ、知ってどうなる。》

その顔付きは表時空で見た朱雀に似ている。朱雀の赤に対して紗端は黒だが。

―グッ!

平気な顔を装っていたアキヒコの眉間が歪む。何か様子が変だ。かすみは視線をアキヒコの下半身に落とした。

「きゃぁぁぁ!!アキヒコ!」

Suzakuの太い槍がアキヒコの太腿を貫いていた。紅いSuzakuが血の赤に染められていく。

《済まなかったアキヒコ・・・これ以上衝突を和らげることは出来なかったよ。そしてさらに最悪のシナリオになってきたようだ。こいつは、紗端はSuzakuで地球に出現するつもりだ。私が反エネルギーのスピン変換によって悪しき物に変えられているように、こいつは正エネルギーに触れればやがてはスピン変換で別の物に変わる。こいつの分身がラプトルやウイルスを介して人間の脳に寄生したのも場を逆スピンに変えることによって自分の変換を防ぐためだったんだ。今流出している反エネルギー自体はそれほど問題ではなかった、紗端の狙いは最初からこれだったのさ!》

朱羽煌雀が紗端の恐るべき征服計画を暴く。撒き散らした反エネルギーはウィルスに潜り込み、活動の時を待つ。ラプトルなどとは比べ物にならない絶大なる支配者、凝縮し実体化した紗端が今度は自在に指揮を取るのだ。

「では俺が・・・Suzakuで裏時空に舞い込むことを・・・5000万年も前から紗端は・・・予測していたと言う事かい?」

途切れがちになってきたアキヒコの言葉を肯定するかの如く、紗端の尖った嘴が妖しく笑う。

《いや、未来が決まったものではなく幾つもの選択肢を持つものならば、これは偶然だ。何十億もの意志の気紛れさえをも予測することなんて不可能だからな。》

朱羽煌雀は今、紗端の意識も感じられるようになっていた。ヒタヒタと歩み寄る別の人格。

《まだ私達は未来を変えられる!》

 

《ごちゃごちゃと鼻先で煩い奴らよ。だがそれもこれまでよ。》

紗端の言葉にアキヒコは後ろを振り返る。Suzakuはサーシャのブラックデルタに向かっていた。電磁シールドにぶつけ、正面から挟み撃ちで動けないアキヒコを潰すつもりだ。

「忘れたか紗端・・・、Suzakuのキャノピーはもう罅が入っている。・・・次に衝撃を受ければ俺達の死と引き換えに・・・砕け散るぜ。」

これならば自分が死んでも実体化した紗端の地球侵出は阻止出来る。最悪傷み分けだとアキヒコは感じた。

「ダメよアキヒコ、死ぬ事を考えないで!まだ私達は生きている、そうでしょ?」

かすみが必死で勇気付ける。その頬伝う大粒の涙がアキヒコの奥深い部分に染み渡った。そうだ最後の1秒まで望みは捨てられない。

《ファッハッハ馬鹿め、こいつが壊れようと代りはあと3つも在るわ!》

紗端の言葉の意味は直ぐに理解出来た。別のテレパシーが微かに訴え掛けてきたからだ。

 

 

献身の離別

 

それは光り輝くリング、コロナの方角から届いてきた。

《アキヒコ、そこに居るのはあんたなの?ここは何?プヨプヨした壁に邪魔されて何も出来ないし、様子も分からないのよ・・・》

蒼鱗龍娯!そうか!さっきコロナの周りに見えた物体、あれは彼女や玄蘒や白牙ということだ。

《スロットルを一旦閉じるんだ!みんな!》

アキヒコは精一杯のテレパシーを流した。彼らが何故ここに居るのかは分からない。だがこの窮地には当に救いの神かもしれない。

―いや待て・・

防護膜が消えて反エネルギーを吸い込めば紗端の思うがままではないか・・・。

《見えた・・・あ!大変だ!今助けに行くよ!》

蒼鱗龍娯の声が届く。

《駄目だ!スロットルを開けちゃいけない!》

Souryu、Genbu、Byakoは発進寸前で踏み留まった。推進器の手前には最後の正エネルギーが小さな渦を巻いていた。

―どうすりゃいい・・・

背後に迫るブラックデルタの気配に目を瞑りながらアキヒコは思案に暮れた。

《アキヒコ・・・限界が来る前にやるべき事が見つかった。キミを保護できるのは済まないがここまでだ。そして・・・夜子を目覚めさせるなよ。》

名残を惜しむ間もなく朱羽煌雀は離れた。アキヒコは自分のオーラでかすみと自らの体をガードした。朱羽煌雀の黄金のオーラはSuzakuを封じる如く包み込み、その吸入口へと侵入して行く。再びSuzakuをコントロール下に置く為に・・・。

Suzakuの周りで黒と金の霧が絡み合うように格闘する。決して交じり合うことのない陰と陽。激しいエネルギー気流が裏時空全体を揺らすが如く渦巻く。しかし黒の本体は既にSuzakuの中にあり、ものの数秒で朱羽煌雀はその場を制圧した。Suzakuは急減速するが、既にブラックデルタの電磁シールドは間近に迫っていた。かすみがギュッとアキヒコの手を握り締める。電磁シールドがフワリと浮き上がった様に見えた。Suzakuが向きを変え、上面にブラックデルタを仰ぎ見る形になったのだ。

ド・・・ンン!!

衝突の衝撃が襲う。アキヒコの腿からSuzakuのノーズがスルリと抜けた。キャノピーが弾け飛び宙に舞う。コクピットから黒い影が立ち上がると見る見る巨大化し、翼を広げて飛び立とうとした。黄金の蔦がその足に絡みついて阻止する。

《グオ!何をする!》

紗端の羽ばたきとSuzakuの力比べ。朱羽煌雀の捨て身の力は紗端の振り切りを許さなかった。

《我が僕よ、サーシャよ、動け!その機体をこいつにぶつけて引き剥がすのだ!》

《だ・・駄目ですわ、ここに満ちる苦しみのヒトオーラはブラックデルタの推力になるとしても、それを吸い込むために電磁シールドを切れば機体が消滅します。》

紗端の命にサーシャはうろたえた。

《クッ!この役立たずめが!》

 

「どうして紗端は元の塵に戻ろうとしないのかしら?」

かすみが衣服を切り裂いてアキヒコの太腿をギュッと縛りながら呟く。吹き出る血の勢いが弱まり、束の間の安心を得た。

「戻ろうとしないのではなく、戻れないんだろう。」

失血し、青白い顔でアキヒコが答える。苦痛でオーラが途切れそうになるのを気力で踏ん張っていた。そのオーラが徐々に違うものになるのも確かに感じながら。

「あ・・・」

かすみが小さく呻いた。

「?どうした」

「リエさんが何か訴えてるの。言葉じゃなくてイメージみたいな・・・」

かすみは目を閉じて物思いに耽る。

「分かったわ、アキヒコ、何秒間か私のイメージのリエさんと話して!」

かすみがアキヒコに顔を近付け、額と額を付けた。アキヒコに映像のようなイメージが流れ込む。黒いタールのような海の真中に辛うじて浮かぶリエ。タールは生き物のようにリエの体に纏わり、中に引き込もうとする。リエはパチリと目を開けると独り言のように話し出した。

《私は夜子、陰の女は陰に交じりて姿を変えます。既に陰は私の周りを囲み、目覚めるのを待っています。煌雀様、私が姿を変える前にどうか放出して下さい。陰の世界はその構図を私に指し示しました。陰の世界に浮かぶ陽の島、そこで作りし暗球は島を渡る・・・。私の最後の願い、島に送って下さい。私の滅びにこそ最後の救いあり・・・。》

映像が消える。アキヒコは暗示じみた夜子の言葉を繰り返す。

―陽の島、暗球、島渡り・・・

ルシフェルが反エネルギーに触れながらもそれに染まらなかったのはリエが、夜子が反転したDSSオーラを吸い取った為なのだろう。夜子は本能的にそれをし、十分な生命エネルギーを得ながらも目覚める事を封じた。おそらくその押さえが限界に達し、かすみの意識を通じて伝えてきたのだ。アキヒコがするべきことを・・・。

―陽の島とはオーラに囲まれたここを指すのだろう。暗球とはブラックホール、この中でブラックホールを作れ?それが別の陽の島へ渡る?別の島とは何だ、Suzaku?いや既にコクピットは陰に変わった。SouryuやGenbuやByakoか?・・・

「あ!」

今度はアキヒコが声を上げた。

―そういうことか・・・

 

Suzakuがコロナの中心に向けてジリジリと動き出した。朱羽煌雀の魂は金の輝きを徐々に失い、悪しき物へと変わりつつある。均衡が崩れ、紗端の力が再び上回ったのだ。

《・・・てこずらせおって。乗り換えの準備に入るぞ、サーシャよ!》

紗端の苛立った声が響く。最後の砦とも言えた朱羽煌雀さえもが力尽きようとしている今、道を阻む者はない。

《やってみますわ。》

サーシャも冷酷な落ち着きを取り戻し、何かに向けて念じた。

《うわ!・・・グッ!》

Byakoから白牙虎鉧の叫び声が響いて来た。何かに必死に抵抗している。

《こいつ・・・またも僕の頭を支配しようとしている・・・》

ブラッククロスの与えた脳内活性剤の痕跡・・・毛羽ほどの手綱をサーシャは巧みに引き寄せようとしていた。操られたらその先は明白だ。Byakoは紗端のためにそのコクピットを捧げるだろう。

《白牙!頑張れ!落ちるなよ!!》

誰もが動けず、声を送るしかなかった。あたかも地球の意志でここに送り込まれた3人の使者、それが今裏目に出ようとしている。

 

「アキヒコ・・・リエさんが目覚めるわ。」

かすみが静かに言った。アキヒコは頷き、悲しい瞳で自分の指先を見詰める。

「気を付けろよ。」

ボウっと小さな黒球が出現した。

《・・ううう・・・ダメよまだダメ!》

リエの意識が何かに抗いつつ目覚めた。すぐに自分の体を離れ、オーラとなってバリアの中を行き交う。

「リエ!」

アキヒコが呼び掛けた。この先どうなるのかは察しがついていたが、このまま何事もなくリエが一緒にいる事を願わずにいられない。もう誰かを失うことなど考えたくもない。心の亀裂はあと一押しで崩壊へと繋がりそうな気がする。

《アキヒコさん・・・アキヒコでいいわね、最後だもの。演技じゃなくほんとにあなたを愛していたの。いつの日か私のことを思い出してね、さようなら。》

「何言ってる、忘れる事なんてあるものか。リエ、リエ!」

アキヒコの目に自然と涙が溢れる。複雑な思いが交差する。リエとの別れの悲痛、そしてリエに対する謝罪・・・。二人を同時に愛することはやはり出来なかった。アキヒコが選ぶのはかすみ・・・。

リエの意識がブラックホールに触れ、飛び込むように消えた。同時にブラックホール自体も小さくなり、消滅した。

「どうしてなの?リエさんは何処へ消えてしまったの?」

リエの体に残ったかすみがアキヒコの胸をドンドンと叩いた。アキヒコはその体をギュッと抱き締める・・・。

 

アキヒコにはリエの行方が分かっていた。間もなく何かが起こる。その時を逃してはならない最後のチャンス。

《クソー!負けてたまるか・・・!》

自分を見失わないように必死に耐える白牙虎鉧。両腕に立てた爪痕からは幾筋もの血が流れていた。歯を食い縛り、こめかみに血管が浮き出る。突然その苦しみがフッと消えた。それは送られて来る緊張の途切れでアキヒコたちにも伝わった。

《白牙・・?落ちてしまったの?白牙・・》

蒼鱗龍娯がおそるおそる問い掛けた。

《いや、僕は自分のままだ・・。突然支配しようとする圧搾が消えたんだ。》

「リエさんね、リエさんはあのByakoに移動したのね。」

かすみが少し安心したようにアキヒコを見た。

「いや、確かにリエが彼を救った。けど、リエの行き先はByakoじゃない・・・あそこだ。」

アキヒコが静かに指差す先には、ブラックデルタが漂っていた・・・。

 

ブラックデルタを包む電磁シールドが何の前触れも無く突如消えた。アクシデントといった様子ではない。故意にスイッチを切った、そんな感じだった。反エネルギーの一斉攻撃は水辺に嵌った獲物に群がるピラニアの様にブラックデルタを襲った。世にも美しき銀河の瞬きを振り撒きながら黒い三角形は形を無くしていった。そこに巨大なるブラックホールを残して。

《目よ・・・狙いを迷わないでね・・・さ・よ・な・ら》

微かにリエのテレパシーが聞こえた気がした。目?そうか、確かにコロナに縁取られた渦巻きは目の様に見える。アキヒコは精神力を振り絞ってリエの贈り物を動かそうとした。これをコロナの中心に放り込んでやれば穴は完全に塞がるだろう。紗端が行き着く前に、何としても間に合わせなければ・・・。

「くそ!かすみ、ルシフェル、俺に力を与えてくれ!」

アキヒコに二人のオーラが重なる。それでもブラックホールはピクリとも動かない。朱羽煌雀の力をあらためて思い知る。あとはバリアを解くしかないか、いや・・・。

「ミカエル、アン、ヤン!今こそ力を合わせる時だ!地球の意志はこの時を待っていたんだ!ブラックホールを動かすぞ!」

玄蘒武炫、蒼鱗龍娯、白牙虎鉧はアキヒコの号令とともに全オーラをブラックホールに集中させた。それはそれぞれが乗る飛行体の不思議な磁力で何倍にも増幅され、3本の光の矢となりブラックホールに突き刺さる。偶然か大いなる意志の導きか、アキヒコを含めた4人はブラックホールを中心に方位を為していた。もちろん時空に北も南も無い、それぞれが受け持つ位置取りにほぼ正確に菱形を象っていたのだ。巨大ブラックホールは4本のロープに曳かれる様にコロナの中心に向けて動き出した。

「紗端は何処だ?」

アキヒコは辺りを見回す。ブラックホールの向こう側に微かに黄金の輝きがチラついていた。Suzakuを包む朱羽煌雀のオーラだ。

―やった・・・これで地球は、人類は絶望から救われる。

アキヒコは少し気を緩めた。血を失った体は疲れ果て、意識が半ば遠のく。オーラが汚れにまみれていく。

「アキヒコ・・・いやー、アキヒコ!!」

かすみに体を揺さぶられ、アキヒコは自分を取り戻した。危うくバリアが消失するところだ。まだ終わりではない。地球に戻りたい・・・。

 

ブラックホールとともに4本のロープの牽引者たちはコロナの中心に向かっていた。それは地球が彼らに与えし褒美に取れた。

「このままブラックホールより先にあの渦巻きに飛び込めば表宇宙に、地球に帰れるだろう・・・」

アキヒコの呟きにミカエル・シュナイザー、アン・モンゴメリー、ヤン・マユニネンの3人は力強く頷いた。四神獣の縁の意識はその役目を終え、太い光のロープへとその姿を変えていた。漣のように足元を浸す安堵感、だがそれぞれの心には複雑な思いが去来する。

《地球は人間の住める環境ではなくなってしまったな・・・》

ミカエルが溜息をついた。

《そうさ、あたしらは自分らの無力と閉ざされた未来を嘆いてマグマに身を投げたと言うのにね。こうしてまた戻るのも変な気分さ。》

アンも同調する。

《あの世界で僕らは何が出来るんだろう・・・》

ヤンが疲れ果てたように呟いた。

《そうだ、どうしてキミらは裏時空へ入れた?地球に何が起こったと言うんだ?》

初めて地球がただならぬ事態にあることを知ったアキヒコは問い掛けた。

《ブラックシャトーを消し去ったブラックホールが引鉄さ。巨大な歪はその周りに無数の輻射ブラックホールを作ったらしい。それが陥没したのが一因。》

―輻射ブラックホール・・・

その言葉がアキヒコの頭に繰返し刻まれる。何故だかとても重要な気がした。

《・・・で衝動的に飛び込んだマグマの支柱の周りにどうやらここへの入り口が開いたらしい。》

《労せず来れたなら、わざわざ光速を超える苦難のルートは不要だったのかな・・・》

アキヒコは表時空への道程、そして身を呈した裏時空への侵入過程を思い起こしていた。いや、それでは間に合わなかった。かすみとリエに会う事は出来なかっただろう。全ての事に無駄はない、絶対に。

《分かったよ。とにかくあの穴から元の世界に戻ろう。そしてどんなに苦難の道であろうとも人類の未来を切り開こう。》

アキヒコが諭すように言った。そう言いながらも自分の命が風前の灯火であることを感じる。体の血を失い過ぎた。地上へ戻っても長くはあるまい。

《ファッハッハ、ファッハッハ・・・》

紗端の笑い声が響く。それは目的を失った放心の笑いのようでもあり、勝ち誇った笑いのようでもあった・・・。

 

 

 

 

[第四部(完)へ続く]