子どもやペットの怪談は、よく聞く。
例えば、あらぬ方向に微笑みかける赤ちゃんや、人の肩口あたりを凝視する猫、誰もいない空間に向かって激しく吠える犬など、枚挙にいとまがない。
我が家にも5歳になるトイプードル(女の子)がいる。
彼女もご多分に漏れず、あらぬ方向に向かって激しく吠えたり、突然壁に向かってうなり声をあげたり、誰もいない空間に向かってしっぽを振ったりと、できれば夜はやらないでほしいと思う行動をよくする。
しかしほとんどの場合、おそらく人間には聞こえないレベルの音を拾って、その音のする方に吠えたりうなり声をあげているだけだろうと理解しているので、あまり気にしないことにしている。
ただ、一度だけ、気味が悪いな、と思ったことがある。
彼女と暮らし始めて5か月ほどたった秋口のことだった。
明け方、4時前。
突然彼女が、部屋の扉に向かって吠え始めた。
(いつものあれだな)と思った私は、再び寝ようとした。
というのも、お隣さんの朝は早く、5時前には家を出るようなので、毎朝4時頃になると、お隣から生活音がし始めるのだ。もちろん、起こされるような大きな音ではない。たまたまトイレに起きた時などに、窓の外から少し音が聞こえる程度だ。
ただし、うちの犬にはもちろんはっきり聞こえるのだろう。だからこの時間帯に彼女はよく扉に向かって吠えはじめるのだ。少し吠えれば納得するので、放っておこうと思った。
ところが、今日は少し様子が違った。なかなか吠えるのを止めようとしない。
「こら!いい加減にしなさい!」と怒ってみても、一向に止めない。
なんだろう、扉をあけてみようかと、ベットから起き上がろうとした時。
彼女が扉の右側の壁にある窓に、向きを変えて吠え始めた。
吠えながら、少しずつ向きを変えていく。
ついにベットのある、つまり私の後ろの窓に向かって吠え始めた。
吠え方も尋常ではない。吠えすぎて、途中えずきながら、それでも吠えるのを止めない。
やがてベット側の窓からその横の壁に向きを変え、また元の扉に向き直ったとき、ピタッと吠えるのを止めて、低くうなり始めた。扉の外の様子をうかがっているようだ。
その時にはもう、扉を開けてみようか、などとは思えなくなっていた。
私にはわからない「なにか」が、家の周り、しかも2階をぐるりと一周する様を想像して、いやな汗が出る。
しばらく扉に向かってうなり声をあげていた彼女も、いつの間にかうなるのを止め、何事もなかったように、自分の寝床に戻って再び寝始めた。
私はといえば、もうすっかり目が覚めていたが、布団を頭までかぶり、外が完全に明るくなるまで、部屋の外に出る気にならなかった。