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Brillānte

joy miracle wonder and love...

 

というのが頭から離れないことがある

 

腐ったものを食べるとお腹をこわす

手を放すと 物が落ちる

 

意識の力でどうにかなるのなら

 

カビが生えていても

ガラスのものであっても白ワイン

 

でも残念ながら そうはならない

 

===

 

選択 を迷うときというのがあって

 

迷って 迷って 迷う  (ヒマだから)

 

迷い続けて みつけた法則としては

 

  どっちでもない

 

  右か左かを迷ったら

       上をみよう 

 

右か左か  それしかない気がしてしまう (切羽詰まっているから)

どっちかに決めなきゃいけない と思ってしまう (昔(テストとか)の癖 )

 

でも迷いのエネルギーが生じるときは

 

「どっちでもないですよ」

     か

「まだ決めるタイミングではないですよ~」

 

というサインかもしれないという気がする

 

決めなきゃいけない ことは実は何もないかも

 

決まっていくから

 

===

 

手が放せない というのがあります

 

食べ物とか

 

分け与える とか思っても

 

そうして えいっと やると

 

たいてい 後から後悔  ((正)→後から悔やむ)

 

自分には限界がある

 

リソースも有限だ

 

うまくやらないと うまくいかない

 

そう思っているから  絶賛現実がそうなる

 

そうなのかー…

 

===

 

いま現実にわたしが体験していることは

 

自分の想いが創っている

 

ようで ただ自分が設定してきたことが 起きているだけ

 

選んでいるようで  つくっているようで

 

そうでもない  らしい

 

 

迷って 迷って

自分の力で何とかしようとして

 

そして たどり着くのは

どこなんだろう

 

道…

 

===

 

というのが 2018年秋

まったく同じことが頭をよぎる

4か月周期?

 

どうしても やってしまう

手がはなせない

 

何かしなきゃ

した方がいいはずだ

 

の根底にあるのは 恐怖

 

何もしないと うまくいかない

うまくいかないと 生きていけない(ゴハンがもらえない)

 

ゴハンをもらうために 何かする

何かやった  だからご飯を食べる(快楽)

 

そういう思考があるのだと思います

 

とりあえず 今の(2019年1月)法則は

 

楽な方 スムーズな方

ワンアクション

 

数字がそろっている とか

流れかな~?とか 考える時はNG

 

そのときの気持ちを感じてみる

落ち着かない か

お腹に力が入るか

 
とりあえず いまいちばん重要なルールは
 

食べ物は

お皿にとって食べる

 

粛々と…

淡々と…

 

なんだか世界がものすごい勢いで廻っている気がする

今日この頃

 

わたしの 『道』 はなんだろう と考え

 

いや、感じるように努め

 

道を求めている  求道 な時点で

何か方向が違うと 書かれている本もありましたが

 

 

 

 

この世は 二元 で

 

そう決めつけている自分はだめだ と思ってもいましたが

 

 

やっぱり 光があれば 影がある

いや 陰があるから 明るい部分があるんだ

 

二元とか そういうことではなく

ただそうなんだと

 

だから この世は とてもまぶしくて

 

目を凝らしてみると

 

本当に恐ろしいです

 

===

 

編み物か 聖地 か

 

そんな気がして それでいいんだと思ってきましたが

 

AかBか 迷うときは

 

どちらでもない  (またはどっちでも同じ)

 

という自分の法則もあり

 

 

最近は別のものが

 

 

好きすぎて

興奮して

 

やっている一動作 一動作に 幸福感があふれる

 

完成を目指すのではなく

 

ずっと終わらなければいいなと思う

 

 

食べるたのしみや

ひとの役にたったと感じる気持ちとは 何かが違う

 

 

この好きが何なのか

どうせずっとは続かないよな~とか

 

何かストップをかけようとしている自分?

 

50:50 でとか

やりすぎないようにとか

 

でも どんなに歌が好きでも

1日中歌っていることはできない(たぶん) といったのは娘

 

1日中飲み続けるなら

水と 適度な休憩が必要だと言ったオット日本酒

 

そういうことなのかな…

 

===

 

何かを失うことは 何かが減ることではなく

 

それを上回る何かを手にすることだ

 

 

手放すのは 怖い

物事には限界がある

 

 

そんな世界とは もう…?✨

 

 

という人生劇場の一幕です

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇宙の夢をみた翌日

 

世界がものすごい勢いで廻っている気がして

 

すべてのことが奇跡で

 

身体がすごい勢いで動いて

 

迷ったり うーんとなったりしない

 

すごい一日でした

 

でもいつかは戻ってしまうんだろうな~とちょっと思ったら

 

その翌日は、「なんかしなくっちゃ」病 で

 

くつろげない  まわらない

 

あぁこんな日もあるんだな

 

地球の社会科見学なのかな…

 

===

 

以前のブログをぼちぼち読んでみると

 

あぁわたしはがんばってたな

 

もがいていた というか

 

きっと 顔張って  つくり笑顔とかして

 

必要のないところにエネルギーをつかって

 

必要なところ? にまわらない

(↑どこ?)

 

 

いまも蝿がぶんぶん飛んでて

ものすごいいらっとしそうになるけれど

 

きっとこれも何かの練習だ

(すぐ試練だとか考える)

 

夢見ている穏やかな生活はなかなか続かないけれど

 

何かあった分だけ 強くなれる

 

 

  あぁわたしは強くなりたかったんだ

 

  誰にも 何にも 影響を受けないくらい

 

===

 

いろんなドラマが配信されていて

 

1日4本とかみて ドラマ漬け

 

期待していたのが それほどでもなくて

ふとみたものが とんでもなくおもしろかったり

 

とにかくたくさんみられるこの環境に感謝あるのみ

 

いろんな場面をみていると 自分の姿や過去の環境に重なり

妙に 客観的にみられる

 

頑張っているひとをみると

あぁガンバッテイルのはすごいことだけど

 

その成果?はたいして変わらない

 

すこおーし 達成感や満足感が得られても

一ミリくらいの差しか感じられず

 

だったら「幸せなんていらない!」など言わずに

いますぐ幸せになれることしたらいい

(ドラマ「記憶」より)

 

===

 

「人のための幸せ」というのも

 

何か打算みたいなのがあって

情けは人の為ならず というか

 

結局 巡り巡って自分のところに帰ってくる

自分の生活が維持される

何かやった分だけ いいことがあることを 期待している

 

 

それは将来のための行動でもあり

やっているときに もう超幸せ~ならいいのだけれど

 

ちょっとでも苦しさを感じたり 気が進まなかったりしたら

 

それは 自分のための行動に変えて

今すぐ 自分が幸せになるほうがいい


===

 

以前は すべて満ちていないことが 疑問でした

 

あそこがイヤ ここがまだダメだ

 

そんなところばかり探して まだ幸せじゃないゲーム

 

それを 世間では 「強欲」 と呼ぶらしく

 

でも 子ども時代 苦しさを感じていたから

もう不幸のように感じられることは十分だ

 

そんなことを思い出すとともに

鼻水が大量に出ています