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Brillānte

joy miracle wonder and love...



すべてが逆だった と思ったことがあります  (夏至の前)





女だと思ってたら 男だった  (古代の神様とか、自分とか?)





守っていると思っていたら 守らていた



育てていると思っていたら 育てられていた





面倒をみていると思っていたら みてもらっていた



封じていると思っていたら

封じ込められていた



平城京の周りの五芒星とか



神社も ある意味

ご神体である 後ろの山などのパワーを封じ込めようとしている

という意見もありました





敵だと思っていたら そうでもなかったというのもあります



源氏と平家でも



わたしは明らかに平家の里をまわっていますが



でも たまに 源氏縁の場所にあたることもあって



でもそこでも心は安らか



というか、とても清々しい場所だったりして



あぁどうせ何代かさかのぼれば みんな一緒だったに違いないとか





カゴメの唄とか  渡来人の話とか



分離しているようにみえても



それは分離しながらにして  統合できるかという



壮大な実験だというのも うなずける気がします





先日、夕暮れあとの暗闇の中に 灯りのついた神社をみました







お社は 美しく浮かび上がって 幻想的 



周りが暗いからこそ みられた景色なんだなと思いました





この先も いろんな未知の風景があるのだと思います



未知



でも、 道



この後は、思うがまま FBでアップしていきたいと思います



人生40年 (+ 数年)



ここまでもがいてきた わたし に感謝して



これからのわたしに希望を感じて



どこかに還るその日まで



愛する人たちと一緒に過ごしていけたらと思います








西宮神社 伊勢神宮遥拝の社下にて














お久しぶりです

こちらの吐き出しブログ?には
月1回くらい書いていたのですが

そのまま下書きにしてみたりして…

***

立春が近づいてきました梅

毎年、この時期になると

意識しまいと思うのですが (←すでに)

去年は、修行ちっくだった派遣が終わり

その日に月1回の日がきて、しかも高熱が出て、雪が降るという

まれにみる日になりました雪げしき



今年は、年初の誕生日にちょっと落ちたので
2月は大丈夫かと思いきや

1週間前から空気が不穏になり始め

家族関係で苦しい気持ちを味わいました


どうして、この「気持ち」を感じるんだろうと思いますが
(感じているのはどこなんだろうと)

感じてしまうものは仕方がない?


以前は、外の状況の方がタダしくて

感じる自分の方を何とかしなくては、と思っていましたが


最近は、自分はすべてタダしいと思ってみることにしました


だから、苦しいと感じる気持ちを見つめてみる

何に気づけばいいんだろう?


これかな?これかな?と考えること数日 (←考えている)

コタエは全然違うところにありました


メッセージは:

・コタエはない(↑ 関西弁風で)
答えを求めて、考える・問うことが人生だ

・結局何が嫌だったって
「愛されていない」 と感じたこと (それだけ)

・相手に感じることは
ほんとうに全くもって 自分ができていないこと

1週間前は、「絶対に相手が悪い!」と感じていましたが

昨日の話し合いで、私ができていない、ということが判明しましたがーん

***

最後のテーマは、「寄り添う」 こと


相手のためになにができるかを一生懸命考えていましたが

何をしても、次の瞬間には状況も気持ちも変わってしまう

ならば、「する」のではなく

いつもともに 「ある」

違う切り口?から それを感じました

***

苦しいの中でわたしに寄り添ってくれた漫画

ブラックジャックによろしく 1/作者不明
¥価格不明
Amazon.co.jp

13巻まで無料配信

Amazonのタブレットを買っていたのですが、思わぬギフトでした


最初は、この主人公ちょっとどうかな?と思ったけど

たくさんの方のレビューにあったとおり、どんどん読んでしまい

ところどころで清々しいほどに号泣

こんなに泣いたのは久しぶり


「手はつなぐためにある」

たくさんのヒントをいただきました


タブレットだと、1ページずつ読むことになり

見開きのシーンは残念?なことになってしまうのですが

ぜひこの感動を見開きでみたいなーと思っていたところ

なんと近くの小さな図書館にこの漫画だけおいてあって びっくり

紙で読んでもやっぱり素晴らしかったです

***

この状況はなんなんだ?と思うことが多い中

漫画のことがあったり

号泣した後に、クロネコヤマトの集荷に電話をしたら

担当者が出てきた中心人物と同じ名前だったり


先日、娘と暗い部屋で話していたら

紫色の宝石のような光がずっと見えて

娘曰く、それは天使らしいとか


もう自分が?おかしい?と思うのはやめて

そうなんだ と

できない日もあるかもしれないけれど

少しずつそうしてみようと


そんなことを想った近況でした


まだ立春まで、3日あるけど・・・


年初に行きました













2009年からブログを書き始めていますが

人はどうしてブログを書くんだろうと思っていました


始めた当時は、有用な情報をシェアしたい

自分の感動を日記に残したい

そんなところが半々?


だから、自分の想いだけを日記形式に

あるときは詩的?に残すだけの人に

心がざわざわしていました

自分のためだけに書くなら公開しなくてもいいんじゃないか?

人の時間に侵入して? ぜひ読んでね~って言われても…


大事な友人は、自身のブログに結構何でも書いていて

たわいもない日々のことを聞いてくれる人 が身近にいないから

吐き出しているのもある?なんてことも 話したりしたのですが


そのときの友人の回答は違いました…

「ただ書きたいから書く」 「そこに理由はない…」 (と私はカイシャク)


そっかー と何だか衝撃

「人に伝えるため」 とか 「自分の振り返りのため」 とか一切いらない

ただ書きたい   だから書く


そう思ったら、前出の 詩的に吐き出す彼女も

それもありなんだと


書きたいから書く


それを受け取るかどうかは、まったくこちらの問題で

それを読んでもいい、  し読まなくてもいい


***

よく読ませていただいているブログがあります

心屋仁之助さんとか天下泰平さんとか


どうして、ここに人が集まるのだろうと思うと

やはり気持ちを込めて書いてくださるから


心を込めて発信してくださるブログは

そこに愛があって 自分のことを見てくれている

その気持ちが届いて つながるのでは


結局そこにあるのは 「私をみてくれている」

寂しくない 一人じゃない


人間のいちばん深いところ

いちばん満たしたいところ

そこに触れるのではないかと思うのです


吐き出させていただいて

ありがとうございます~ aya


自作  ニトリのスタンドで