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Brillānte

joy miracle wonder and love...


最近のキーワードは 『押し込められた存在』 です

それは (1)気持ち だったり

  念(2) だったり します

(1)だと

『本当の気持ち』を隠して 何かをする

笑いたくないのに つくり笑顔
義務感や恐怖からやってみる


話を聞いてほしいのに 我慢したり?
甘えたいのに 大人ぶってみたり (私)


『本当の気持ち』 が何なのか?
難しいところですが 何か押し込められたもの があるのを感じます

(2)だと 地面の下の話ですが
この場所はちょっとやだな とか 変な気がする とか

そういうところには 何か埋まっていることも多々あります
みえないけれど 確実に それは 「ある」

昔の刑場とか 墓場を壊して宅地にしたとか
そういう存在は ほっておいても消えることはできません (たぶん)

どこかで「出る」 必要があって
それが 地震だったり 「出るヤツ」だったり

身体の痛みだったり 身体の癖だったりするのではないかと思います

***

伊勢白山道 さんブログ
「押し込められた存在」たちに注目

https://blog.goo.ne.jp/isehakusandou/e/1d04509632fce9be19cf7a6ffb6e6e58

 

すべてのことは 自然にきます


留守電をきかなくても

Yahoo!ニュースを読まなくても


必要な情報は 何かのついでに来る


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ラ・ラ・ランドに続き (中点どこ?)

グレーテスト・ショーマンをみました

 

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素晴らしかった!!!

U-NEXTの無料体験に感謝です 拍手

 

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昔?はお金を使う生活をしていました

創れるものでも つくれないものでも

 

とにかく 『お金を払って買う』 という行為自体に
何か(幸せ もしくは 憂さ晴らし) を感じていたのか

 

何の疑問も感じませんでした

 

いまは

お金を使ってもいいけれど 使わなくてもいい

 

使わなくても 得られるものがある

 

そして それは お金と交換するよりも 素晴らしい体験 なこともあります

 

===

 

関西にいると 「安くて いいからこそ すごい」 という意気込みを感じます

 

高い → いい 当たり前
それじゃあ つまらない

 

驚きがない ってことかなー
そして 驚きこそが?

 

===

 

The Greatest Showman に戻って

 

ララランドが 4分の3くらい暗かった(不遇の時代だった)のに対して

こちらは 下がったダウンと思うと すぐに上がるアップ

その繰り返しで 1時間40分があっという間 (2時間かからないというのもほっと)

 

3日落ち込んで 3日素敵なことが起きるのではなく

 

息を吸って ハイて で バランスが取れる波  といいなぁ

 

===

 

英語を聞くと ものすごい わくわくします

音の微妙さや流れるような発音をきいていると なぜかうっとりドキドキ

 

日本人たるもの日本語を という気もしていたので

あまり感じないようにしていたのかも

 

字幕もよいですが
原文が聞き取れると 圧倒的にその方が どこかに入ります

 

それは逆もしかりで

 

日本のドラマをみるのにも 字幕では限界があるだろうなぁと

 

impossible が possible になったり
dream があったり

 

everything you ever need が right in front of you にあったり

 

わたしたちは
the greatest show の中にいるんだろうな と思いました

 

三位一体 をもう少し…


昔から言う 「三方よし」 というやつだと思うのですが


 自分が行きたい!と思っても

 パパが難色を示すとか



昔は、「何でとめるんだ!」と怒っていました。


でも、最近はそうでないことに気がついて


本当に 行くべき 行った方がいいところには

行こうとしなくても 皆が押し出してくれる

必要なものも支給される


行くときの気持ちも 「行くぞ!!」ではなくて

「行かせてもらう。ありがとう」という気持ちになる


***


心の声にも無条件に従わなきゃと思うときがありました。

何かを言ってくる声

それが聴こえたら やらなきゃ…


自分の気持ちがどうであっても


その声よりも優先することがある、とは思ってもいませんでした


家族とか 自分の気持ちとか


***


頭の声も

あれやりたい こうした方がいい と言ってくることがあります


 この前おいしかったあれが食べたい とか

もっとこうしたらよくなるかも とか


でも、それが身体にあんまりよくなかったり

無理した活動になって 心や身体が疲れたら


三方よし にならない


おいしいと思うものを食べて いっとき 高揚しても

その後に反動でどよーんと来るなら

それは本当に必要なのかしら と思うこともあります



***


と言っても人間です

たまには 夜更かししてテレビもみたいし

おいしいものに思いっきり飛び込んでみたい


その翌日は、ぼーっとしたり シャキッとはしないけれど

それはそれでそんな休日もいいなと


昔は、本当に ”がんばって”いたんだなぁ

前に前に もっともっと



身体は休んでいても 心は常にONだったんだなぁ



何かを 得ると、そのときはうれしいけれど

しばらくすると もとに戻って

また何かを探さなくちゃいけない


永遠に何かを求めなくちゃ

この状態を キープできないみたいだ



そんな人生にはもうちょっと…



人生折り返し地点に来て

ようやくそんな気になってきました



どうやら 人生はたのしむために呼んでもらったらしい…

すべては”たのしむ”ための 手段 でしかないような…