…ということに気が付いたのは、最近のこと…
どうしても
何かすることがあるのでは
何かしないといけないのでは
人生の目的とは?
使命がほしい
などと考えてしまい (←すでに”考えて”)
「目的などない」
「存在するだけでいい」
何度も何度も何度も言われてきたことですが
気が付くと 頭が 脳が 何かを探している
***
使命を知るには
子どもの頃 好きだったことを 思い出してみる
というのがありました
以前書いた 広瀬光治さん(ニット作家) のように
『地球に生まれた宇宙人へ』
https://www.youtube.com/watch?v=z4_swafUsVM
(素敵な動画をありがとうございます)
ピアノ?
好きでやってたんじゃないしな~
読書?
敏感症の人は、本に逃げ込むこともあるらしい…
思い出せない人は周りの人に聞いてみるといいらしい
全然思い出せないので、聞いてみました
すると、
ゲームばっかりやっていたことが話題にのぼりました
ドラクエとか ファイナルファンタジーとか
もうちょっと遡ると ゲームウォッチ とか
子どもの頃 「好きなこと」 には
それに必要な道具が支給されるそうです
そういえば、ゲーム機は欠かさずいろんな種類があった
でも、 …ゲーム? なの??
***
いままで ほんとうに ずっと
何かしなくてはいけない と思っていました
それでこそ 食べる糧を与えられ
生きている意味も感じられる
だから 自分よりすごい(とみえる)ことをしているヒトをみると
訳もなくあせって
そういう人のようにも ならなくてはと
まだできていないことがある
それは人生で必要だ
だから…
もっと もっと の世界でした
でも 違いました
みんな人生は 遊びに来ているだけ らしい
『何』 で遊ぶかは それぞれ決めてきてる (自由に選んでいる) らしくて
農業の人は農業で
人に教える人は、人に教えることで
迷うときは 迷う その心地よさで
大変な思いをしている人は その大変さで
人生を 味わいに来ている
だから 農業がやりたくないのならば やる必要はなし
大変な人がいるからといって 一緒に大変な思いをする 必要はない
『何もしなくていい』
こう心底思えるまで 長い時間がかかりました
いま思えば そう思うために
娘が産まれ 職を失った (←まだちょっと被害者モード)
長かった
でも ほんとうに そんな日がくるんだと
それがゲームなのかもしれないなと思いました