今日は、〇迷い のことについて…
『迷う』 ことが多い 多すぎる
「優柔不断」 といえば聞こえがいい
けれど
それにしても、決められない
たいてい迷うときは
・やりたいけれど、「何か」 がそれをはばんでいる
ことが多いです
・欲しいけれど、高い
・行きたいけれど、無駄かもしれない
心の声と、頭の声の葛藤です
「どちらがいいか」 というのも あります
そんなときは、たいてい損得で考えています
お金だけでなく
どっちのほうが効率的か、とか
手間が省けるかとか (=楽か)
でも、それは たいてい 考えてもわかりません
もしくは、考えて出た答えがいちばんよかったのか はわかりません
最初はこの値段高い!
と思っても
後から考えると、いちばん安くて 手間もなかったり
思うのは、
頭で考えて 現実を動かそうとしても
現実を動かしているのは、違うところなのではないか
ということです
きっと、頭脳センターと 現実を動かしているところ はつながっていない
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「迷ったときは、考えずに、感じるのです」
というような台詞が 確か 大河ドラマ 『篤姫』 にあったと思いますが
「選ばなきゃ」 ではなく
単純に 心が ![]()
となるものにすれば いいのだとも思います
(たぶん、それが 現実センターにつながっているのではないかとも)
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その他、迷いに迷って得た経験としては
・AかBかを迷うときは
実は、どちらでもなく
どちらの不利な点もカバーする 超ウルトラC がある
・ Aを買うか、Bを買うか 迷うときは
実は、どちらも 必要 ではなく
「買う」 「迷う」 という行為に酔っている
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「迷える」 ということは 幸せ だと思います
その状況が幸せなんだ、ということではなく
「迷っている」 というその感覚が 体験として
人生が、迷うことなく 一本道で
「選択できな」かったら
それはそれでちょっと味気ない気がしてしまう
だから、本当は もう道は決まっているのかもしれないけれど
「選べる」 ことで ちょっとウキウキ?な体験ができる
オレンジジュースにするか グレープフルーツにするか?
何十種類の中から味を選べる (食べ物にフォーカスしぎみ)
それが 楽しくて またさらに味をおいしく感じさせると思ったりします
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最後に、もし 「迷っている」 という状態に陥ったのなら
選択肢の何かに ひっかかり を感じている
自分の心を 大事にしてあげたい と思います
もし、自分の 損得 とか 楽さ だけでなく
周りの人や状況のことも考えて
決められない と思っているのなら
その 優しさ は素晴らしい
そして、迷い悩んだ末に出した結論は
どちらであっても 素晴らしい のではないかと思います