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Machikita doko itta

熱しにくく冷めやすい私がラテンの国で暮らしたら。。。

日々、妊婦健診に追われる毎日ですが

時々は保健所から飛び出して仕事をすることもあります。


学校での衛生教育なんかもそのひとつ。

現地の看護師に寄生虫の話しをしてもらって

手洗いの必要性を説き、手洗いの歌を歌って踊って


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虫下しのシロップを飲ませる


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この日は小学1、2年生5クラスを対象に

手洗いの歌をリピート。

途中からこどもたちを置き去りにして

ちょっと暴走気味になるあきやまですが・・・なにか?


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この子はシロップを口に含んだあと

私にむかって吹き付けてきた。こらこら。。。


巡回で予防接種に行くこともあるので

子どもたちの反応には慣れてきたけど

薬を吐きだす、頑として口をあけない

注射に脅えて逃げる、泣き叫ぶ、当り散らす


これはほぼ全例 男の子。


女の子といえば、逃げ出す男の子を見つけ出し

この子まだ注射してないよ とひっぱってきます。


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私は逃げ回り抵抗する女の子に出会ったことがないけれど

例外を1つあげれば

幼い頃に注射がいやで友達と逃げ回った という うちの母。

ま、もちろん見つかって打たれたわけだけれども

ステイ先で借りている椅子。


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最初

左の椅子を借りたんだけど、仕事するにはいまいちしっくりせず

床にう○こ座りしてパソコンをすることが多かったのですが

それに見かねた大家さん

子供用の椅子を貸してくれました。




結果

こども用の椅子を愛用中。


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ステイ先が変わりました。

まぁよくある話しですが

お手伝いの子にいろいろ部屋をあさられるのに我慢ができなくなった というところでしょうか。


残りの任期も少なくなったし、

ステイ先を変わったところで必ずしも条件がよくなるとはいえないし、とか

そんなことを考えていたけど

ある日 もう我慢するのムリだ。と気がついて家を変えることにしました。


というのも

ついにスーツケースを開けるようになったことに気がついたからです

スーツケースには、現金や銀行の通帳、日本から持ってきた化粧品なども入っています。

お給料が月5000円の彼女。

私の通帳に記された金額は彼女の目にどう写るかしれません。

たとえ現金を盗ることはないとしても

他人に通帳を覗かれるのは気持ちの良いものではないですよね。


サンタマリアには銀行がないので

ある程度まとまった現金を手元において置かざるをえないのですが

すでに鍵がないも同然の部屋

そしてスーツケースに入れておく意味をもたなくなったので

私は常にそれらを持って仕事にいく生活になりました。



朝早くに家をでて、徒歩2分の職場にいき、そのまま半日以上をそこで過ごして

暗くなるのを待ち、家に戻って寝るだけ という生活。


それまで彼女がつくっていた食事をすべて拒否し

ステイ先のママが首都から戻ってくるまでの2週間

私はタコスやミニバナナ、クッキー、カップラーメン

というなんとも栄養バランスの悪い食事をとることになりました。

何も手に入らないときは炭酸水を飲んでお腹を膨らませたり

職場の人にご飯をわけてもらったことも。



かなしくてみじめで

それまでサンタマリアにたくさんいると思っていた自分の味方は

だれひとりとしていないような気持ち。


お手伝いのジャキはしたたかで

明らかに証拠が残るようなモノの盗り方をしません。

そしてサンタマリアで生まれ育ち、家族がここにいて

20年を過ごしている。


私の身に何か起こっているかを知っている人もいたけど

その友達を頼って何か行動をおこせば

友達が周囲から責められるように と

彼女は動いてきました。


人口が6000人にも満たないほんの小さな田舎の集落では

誰がどこでなにをしているか なんて

あっという間にウワサが広まります。

彼女に都合のいい情報だけが。


結局、私は動きをとることができなくなり

誰かに相談することもできず

下手に答えれば誰かに迷惑をかけることになる質問にも答えることが出来なくなりました。


ろくな食事もとれず、

まるで誰も知り合いのいないような異国の生活。

この1年数ヶ月の生活は一体なんだったのか と何度思ったことか。



もう2ヶ月以上前のできごとになりました。

そんなこんなでブログの更新も滞りました。


今となってみれば

辛かったといえば辛かったけど、帰国したいとかいう気持ちになるほどのことではなかったなーと思う。でもそれは過ぎたことだからかな。

朝から寝りにつくその瞬間までしょっちゅう泣いていたので

涙がいろいろ流してくれたのかもしれません。

同期にも支えてもらったし

これまでいろんな場面で助けてくれた人もやっぱり大きな支えになってくれました。



2週間を経て 今のステイ先にお引越。

最初にだしてくれた温かい食事に心底ほっとして涙。あれでうちどめです。



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さすがの私もこういうわけにはいかず・・・