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Machikita doko itta

熱しにくく冷めやすい私がラテンの国で暮らしたら。。。

いまや そろばんを習う子どもがどのくらいいるのか知らないけど

私の幼い頃の地元では そんなに珍しいことではなかった。

姉がする習い事は、当然自分もやるものと思っていたらしい私は

小学3年生から中学1年生の夏まで 週3日そろばん教室に通っていた。

1回の教室の間、正座してそろばんと向かい合うこと2時間だったかな。

いかに休むか みたいなことがっかり考えてた気もするけど

いけば行ったでゲラゲラ笑ってたような気もする そろばん教室。

そんなことを 最近になってふと思い出した。

というのも

仕事中、統計をまとめることになり患者数を計算していたとき。

計算機がない と騒ぎ出した同僚。


よくみたら 2桁の足し算。

28+40+38+13+28+32+19+39+52+40+22+45


この程度。


何気なく パチパチとエアーそろばんをはじいて答えを出した頃

計算機をみつけた同僚が戻ってきた。

計算機で計算を始める同僚。

そこにでてきた数字をみて

私が書きとめておいた数字の意味がわかった様子。

信じられないー!!

なんて賢いの!! と他のスタッフも仕事を放り投げて集まる騒ぎに。。


答えが正確であること、計算機を使うより速いこと。

これをアタマの中でやるっていうのが信じられないみたいですね。

そろばんのこと 知らないもんなー。

ホンジュラスでは小学校の先生による算数プロジェクトが展開されたことがあるくらい

計算が弱い人が多い。かなり多い。ほんとーに多い。

医師免許もってる人でも分数できなかったりね。(分数っていうか割り算。薬の分量の計算ができんのです!!

ってことで 暗算するって信じられないみたい。


こんなことで と思うだろうけど

ホンジュラスにいたらこの程度で賢い!!と褒めてもらえます。

実際、その後の私の扱いもちょっと変わったしね。(どれだけアホだと思われていたのか・・・)

よく考えてみれば 

そろばんって生活の中で一番役に立っているかも。

割り勘するときとか 酔っぱらっててもできるし。


いまも日本の小学校のカリキュラムにそろばんってあるのかな。

なくなってたらさみしいな。そして もったいない。



そろばんを習っていた他の隊員に話をきいたところ

彼女は 電話番号を覚えるときにそろばんの玉をイメージして記憶していたそう。

そんなつかいかたがあったとは。。

陽気でがさつでポジティブ



帰国した先輩隊員が

ホンジュラス人のことをこう表現した



ここホンジュラスはたしかにラテンアメリカに属するんだけど

たぶん日本の多くの人が想像する ラティーノ とはちょっと違う。


私の面倒をみてくれているJICA職員いわく

ホンジュラスは山国なので おとなしく恥ずかしがりやの傾向がある

とのこと。


カリブ海の地域にいくと いかにもラティーノって感じになるらしいのだけど

私の任地の人は ラテンってなあに?みたいな恥ずかしがり屋さんが多数派。

それに加えて

生まれも育ちもサンタマリア の生粋の田舎者たちが集まっているので

陽気なおじさんとおばちゃんに出会うのはそう簡単なことじゃない。



ま、それでも

陽気でがさつでポジティブ。っていう表現は納得。


けっこうがさつで

細かいことも年々気にならなくなってきている上に

もともとの性格が典型的B型の私の目からみても

おおぉー!!と思うほど がさつな方がたくさんおられます。



これは一部ですが。。

職場にて。

傷を縫うための物品が入った箱。滅菌直後であります。


Machikita  doko  itta


作成したのは

左から 私、准看護師、のこり2つが私のカウンターパートである正看護師。



何がおかしいかわからない人もいると思うので説明すると

滅菌したいと思うものは紙でしっかり包んでおかねばならんのです。

ということで 

滅菌したものそのものが見えているということはおかしい。



いっておきますが、

ホンジュラで正看護師と呼ばれる人はエリート。(というか単にお金もち?)

日本でいう中学卒または高校卒の後に

10ヶ月の教育と1年間の研修でなれるのが准看護師。

正看護師は4年間の大学教育を経た教養のある人たち。のはず。

正看護師の大半は看護管理を任されており

准看護師の教育や職場環境の整備などをする人。



右2つの箱の不思議な滅菌物をつくった人がうちの正看護師。

私にもなんやかんやと指導してくれるけど

その前にご自身でも振り返りをなさったほうが・・・


ま、滅菌されたものがすでに意味のないものとなっていても

人の生死にかかわるものじゃないのでいいんです。

日本的に間違いだとしてもいいんです。

少なくともここではいいんです。


陽気にがさつにポジティブに! 

明日も呪文を唱えて出勤だー。。


Machikita  doko  itta 滅菌する機械の中。ただの戸棚と化す。

Machikita  doko  itta

検体の山。マラリア、結核、がん検診。ごちゃまぜ。

Machikita  doko  itta

上の写真で登場した箱の中。

左に1つ残っているものは箱にはまってしまっていて

もう取り出すことができない。。

今日は仕事が始まると同時に

お産のひとがやってきた。

だいぶお産から離れている私だけど

表情、会話、歩き方、赤ちゃんの心音の聴取部位、陣痛の間隔

そういうもので

彼女のお産がどのくらいすすんでいるかある程度わかる。



今日の彼女は来た段階で

子宮の出口はまだ全部ひらいていないし

赤ちゃんの頭もまださがりきっていない

という感じだった。感じ とはいっても自信をもって。


今の私の立場は

ボランティアということと、ホンジュラスの保健省が認めていないということで

医療行為が一切認められていない。

予防注射だって、血液検査だってやっちゃいけない。

内診なんてもってのほか。

今日の場合は内診するまでもなく、まだ分娩台にのるような段階じゃないし
ましてやいきんでもらうなんて・・・お産をみる看護師としての判断としてはひどいもんだ
と思っていた。


けーれーどーーーーー。

(子宮口が)全部ひらいてる!いきもう!!  だって。

おいおいおい。全部ひらいてるってどういうことよ。

私の考える全部と あなたの考える全部 って同じじゃないことは認めよう。

でもいきむというなら、私の知る 全部ひらいてる 状態まで待ってほしい。

あなたの知る 全部ひらいてる 状態では絶対うまれてこれない。



実は前にもこんなことがあったので

「そう。全部ひらいてるのね。わかった。」と応え、

「でもまだ赤ちゃんの頭は高い位置にいるよね。

まだいきむのには早いから、もう少し後に分娩台にのってもらおうよ。」

と説明した。

看護師の彼女も了解してくれて。



赤ちゃんの心音をチェックすると。。

思い出すのも怖いくらいの ゆっくりとした鼓動。

ひさしぶりに焦った。


こんなとき、

ここの看護師たちは何をしたらよいかを知らない。

何が起こっているかもわからない。知ろうとしない。

そもそも、そういう考えるっていう教育をうけていない。

(こういう人は日本にもいるから、ホンジュラスだけといったら失礼だけど。)



よくわかんないけど、よし!病院につれていこう!!

これが限界。


これが

ホンジュラス的に国でトップレベルだといわれる保健所・母子クリニックのスタッフのレベル。


自分の働く施設で死産や妊産婦死亡がなければそれでいいとでも思ってるようにもみえる。

たしかに、亡くなる赤ちゃんやお母さんがいない ということは

誰にとっても間違いなくいいことなのだけれど

そこに スタッフの判断がすっぽりとぬけている。。


これはここがおかしいから病院に搬送したほうがいい の
ここがおかしい がぬけている。


どこが看護師なんだ。
どの面さげて看護師っていうんだ  っていう叫びは空へ放つ。

看護師という存在が日本とは違う。

看護師に求めるものが日本とは違う。

看護観が日本とは違う。

そんなのわかってる。

日本で学んだ看護が世界基準ってわけじゃないことくらいわかってる。

ホンジュラスにはホンジュラスのやりかたがある。

アタマではわかってる。


でも人の命がかかっているときに

受容もできていないまま、ただアタマで理解していることはとてももろい。


看護について

本当はホンジュラスと日本のその違いを説明できなくちゃいけないんだと思う。

それができるくらいじゃないと私のほうこそ助産師としてきましたなんて

どんな顔して言えようか。


スペイン語で説明できないんじゃない。

自分の言葉でさえはっきりといえない。
看護を学ぶ学生時代から考えたら10年以上にもなるのに

一番の根っこになる部分のそれを私は説明することができない。

そういう まるで空っぽな自分に気がつく。


17歳で初めてお産する彼女。

病院に送っていったけれど

外来の看護師なんだか、ただの事務なんだかわかんないおばちゃんに

診察するからはやく台にのれ だの

早く脱げ だの

いそげ だの

先生は忙しいんだから だの

せかされ冷たい言葉を浴びせられて病院の奥へと消えていった。


病院のスタッフへの強い憤り。
忙しいんでしょう。疲れてもいるのかも。

温かい言葉をかけてあげてという気持ちも譲ろう。

けれど、なぜそんなにも偉そうな態度なのか。

痛いと訴える人になぜいそげといえるのか。


17歳で初めてお産を迎える彼女が

いままで会ったこともない医師と看護師に囲まれて

いままで経験したことのない感覚と向き合って

どれだけ不安な気持ちになっているのか。


自ら望んでいった病院で

そんな扱いをうけながらお産をする彼女は一体何を思っているのか。


わけもわからず悔しい。

今日もどしゃぶり。

雨があがる頃には私の気持ちも晴れるだろうか。


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