っていう話を書いたけど
また別の団体がやってきました。
眼科医師が1人と通訳さん1人。
今回の会場は保健所ではなく、
保健ボランティアと呼ばれる地区の保健担当みたいな人のお宅。
私は仕事の途中で看護師から
アキ、ちょっと頼まれごとして。
ということで、訳もわからないままそのお宅におつかいに。。
仕事中、目がみえなくって困ってる。
陽射しも強くて目が痛い。
と訴えて、めがねをもらってきなさい!というミッション。
仕事着のまま行くと看護師待遇というすばらしい制度のおかげで
ながーい列の最前列へ。
用意された椅子に座ると
「どうした?」 と通訳さん。
指示されたとおりにしゃべると
めがねと本を渡され、
「どうだ。見えるか?めがねは合ってるか?」と聞かれる。
うーん。どうかな。。と言おうとすると
保健ボランティアがすかさずやってきて私の口を封じる。
『見えるだろう!な、仕事もやりやすくなるよな!!
この子はまだスペイン語がうまくしゃべれないんだよー。あはは。』
これ、戦利品であります。
私に指示を出した看護師に持っていくと
「アキはいらないの?ホントにいらないの?私にくれるのー!ありがとう!!」
まるで私が買ってプレゼントしたかのような喜びよう。。
はいはい。あげるよ。っつーか、あなたの指示で行ったんですけど。
度もあわないめがねは、欲しくありません。
それにしても、今回の巡回診察。
他の人の診察場面もみてたけど笑いをこらえるのに必死でした。
おじいちゃんが座る。
「目がみえないんだよ。」
【年はいくつ?】
「70ちょっと。」
【よし、じゃあこのメガネかけて。(本を渡して)見えるか?】
「うん。よく見える。」
【じゃあ、それ持って帰って。あとは目薬。毎日つけるように。】
この繰り返し。
度を調整するとかなし。そもそも視力測定なし。
度があわない という人も皆無。
サンタマリアのお年寄りでメガネかけてる人、みたことありません。
「目が見えないんだ」という言葉を100%で受け取って考えると
度があわないから結局メガネは使えないんだと思います。
それから、ここでは新聞が買えない。もちろん本も売ってない。
本といえば聖書だと思うけど熱心な人はあんまりいない地域です。
「目が見えないんだ」という言葉を100%で受け取って考えると
どの瞬間に目が見えないと感じるのか謎は深まります。
今回はもう深く考えるような気もちさえ起こりません。
日本にいたときに
いらなくなったメガネを途上国へ みたいな広告を
メガネやさんで見たことがあったけど
度の調節とかレンズとかどうするんだろうと疑問でした。
フレームだけ使うのかなとか、
レンズをはずして何かにつかうのかなとか
でもそんなことするには結構お金がかかるな とか。
全部がおんなじとは限らないけど
眼科医と通訳さんはどんな瞬間に喜びを感じるのか聞いてみたい。





