木の医者 -2ページ目

小樽内山(前山)、石倉天狗山、朝里砕石山、軍用道路、張碓峠、13kmの踏破 25/3/31(日)


今日は、以下の山を周回する。

小樽内山(前山)  標高 650m 小樽内山に連なる山

石倉天狗山     標高 500m 石倉山に連なる山

朝里砕石山     標高 370m 砂利採石場の真上の山

朝9時張碓峠を出発し、登山口に移動


カンジキやスノーシューで登坂の準備

小樽内山登山口
木の医者

小樽内山 前山にて

AM11:40登頂  昼食
木の医者

石倉天狗山(石天) 眼下に国道5号線と高速道路が

見える。雪が止んで増毛連山が見えてきた。
木の医者

石天で記念写真

PM1:20

木の医者


雄冬の山々が、青い海に白い姿を横たえている。

春が近いのか。午後だからか。少し霞んで見える。

西風の時は、春でも増毛の山々が見えると言う。

PM2:00
木の医者

小樽に入港する白い船、海上保安庁の何とか云う船との

説明があったが、忘れました。

木の医者


小樽港 眼下は新光町、遠くは小樽や祝津
木の医者

鹿による森林破壊、 シナノキの大きな株は2年連続で

樹皮を食べられ、枯れるのを待っている。

この木の周辺は大きなギャップになっている。

鹿の食害で、すでに枯れて、倒れ、この雪の下は腐って

いく倒木の山だと思う。
木の医者

この先は、急な斜面をしばらく横に歩き、軍用道路に出る。

逓信省の送架線輪跡で最後の休憩 PM2:40

張碓峠PM3:30 予定通りの到着

AM9:00~PM3:30 私の万歩計は、22,500歩(約13km)

の道程でした。再会を誓って解散


朝里川遊歩道 早春のカンジキ散策会 25/3/30(土)

朝里川遊歩道カンジキ散策会


国道5号線朝里大橋が後方に見える。

バスや乗用車が行き交っている。

カンジキを履いている会員

この遊歩道は、国道5号線から朝里川温泉町まで

5.5kmの道程です。
木の医者

河川敷一帯は、ニセアカシアとクマイザサが拡がっている。

この河川敷は、鹿の食害によって、タラノキなど枯損木が多い

3月末なのに、雪が多く、ササは雪ノ下で見えない。

鹿による樹木の被害は、まだまだ増えそうだ。
木の医者

朝里の遅い春も近づいている。

バッコヤナギの雌花

大きく膨らんだ白いつぼみ
木の医者

バッコヤナギの雄花
木の医者

はるかに続く、雪の山、今年は雪が多く、工業団地の

裏の空地は、排雪でいっぱいだ。

今回の散策会は、ここで解散することにしました。

今年の秋には、このあたりは遊歩道の延長工事で

整備されていると思います。
木の医者

軍用道路カンジキ遠足 25/3/24(日) 朝里まちつくりの会 フットパス部会

元国道4号線朝里~張碓間地形図

地図下部は朝里ラッキー

   上部は張碓峠   標高250m

   中央が石倉山      500m

   右端が小樽内山    673m

軍用道路(元国道4号線)は日露戦争当時に開削

大正時代には、送電、通信、輸送など道路敷地を

活用したインフラ整備が進み、北海道の産業経済

の中心、札樽地域の発展に貢献しました。

しかし、当時としては急峻な所があり、輸送には

向かず、海岸線の鉄道との併用道路が主に使われた。
木の医者

軍用道路の崩壊地

ドロノキが大きくなり自然に帰る。夏はササや草刈りを

しないと歩けない。
木の医者

参加者 背景は石狩湾 もやがかかって見えない
木の医者

立木に寄りかかるように立ち続ける電柱

大正6年から昭和8年ごろまでの番札がついている。

現在の国道5号線が、昭和9年に完成する。

その後、砂利砕石などで道路が壊され、幅員8間の

軍用道路は、姿を消した。同時にインフラ設備も

放棄したと思われる。木の医者
木の医者

開墾放棄地か宅地造成放棄地と思われる。

雪原の先に石狩湾と石狩平野が広がっている。

昔の人は、、険しい後志の山河を越え、この雄大な

平原に夢を馳せ、この景色を見つめたと思う。
木の医者