先日,ある研究会で,算数授業の研究発表がありました。それは5年生の「台形の面積」を公式化する授業でした。私も過去に何度も実践している場面です。http://blogs.yahoo.co.jp/tamusi22/37309268.htmlその発表の特徴的なことは,
「公式化することを意識した展開」
「用語(上底・下底・高さ)を指導した上で,自力解決させ,子どもたち自身に公式化させる」
という点だと捉えました。「公式化」に関しては,以前の「ゆとり」の指導要領では行っていませんでした。そのため私個人は「中線×高さ」「上底を蓋と呼ぶ」など,自由に「一般化」できることを喜んでいたのですが,それは特殊なことであって,平行四辺形・三角形など公式化した後の台形で公式化をねらうこと自体は当たり前と言えるかもしれません。
一方,台形の面積を「自力解決」させる前に用語を教える,というのはかなり特徴的ではないでしょうか。私はそれを聞いた瞬間,
「そんなの先に教えたらだめなんじゃないのかな。」
と感じました。あまりにも「恣意的」だし,「必要感」のない段階で用語を教える,というのはセオリーに大きく反していると感じたのです。
しかし実践内容をよく聞いていると,子ども自身で話し合いを進める中で,公式を導いたり,公式化につながりにくいアイデアを公式と同じと見ていったりするなど,おもしろい内容だったのです。
そこで,このアイデアを生かして私ならどうするか考えてみました。第1案としては,「全部の直線に名称を与えてしまう」ことです。上底・下底・高さ以外に「左斜辺」「右斜辺」などと全てに名前を付け(上底は「蓋」にしたい。),自力解決後に必要な要素を探る中で,
「この辺は必要ないね。」
という言葉を引き出したいと考えました。
第2案は,「底辺」と「高さ」だけ与え(あるいは上底と下底),同様の活動をする中で,
「この辺も必要になってくるよ。」
という言葉を引き出したいと考えました。
私のアイデアは,「条件過多」か「条件不足」にすることで,「どの長さが必要なのか」を見つけようとするものです。面積を公式化する場面というのは,最終的に出来上がった「公式」だけでなく,「何によって面積が決定しているのか」を捉えさせることも重要だと考えているからです。
ただ,公式化は「用語」を与えなければできないかと言われるとどうでしょうか。ひし形の面積を公式化するとき,先に「対角線」を与えることはちょっと考えられないでしょう。もし今度実践の機会があったときに,この「代案」を採用するかどうかは不透明といわざるを得ません。しかし,「特徴的な実践」は,見る者にこのような思考の機会を与えてもらえます。研究発表も研究授業も,「主張が大切」ということの裏付けではないでしょうか。
「公式化することを意識した展開」
「用語(上底・下底・高さ)を指導した上で,自力解決させ,子どもたち自身に公式化させる」
という点だと捉えました。「公式化」に関しては,以前の「ゆとり」の指導要領では行っていませんでした。そのため私個人は「中線×高さ」「上底を蓋と呼ぶ」など,自由に「一般化」できることを喜んでいたのですが,それは特殊なことであって,平行四辺形・三角形など公式化した後の台形で公式化をねらうこと自体は当たり前と言えるかもしれません。
一方,台形の面積を「自力解決」させる前に用語を教える,というのはかなり特徴的ではないでしょうか。私はそれを聞いた瞬間,
「そんなの先に教えたらだめなんじゃないのかな。」
と感じました。あまりにも「恣意的」だし,「必要感」のない段階で用語を教える,というのはセオリーに大きく反していると感じたのです。
しかし実践内容をよく聞いていると,子ども自身で話し合いを進める中で,公式を導いたり,公式化につながりにくいアイデアを公式と同じと見ていったりするなど,おもしろい内容だったのです。
そこで,このアイデアを生かして私ならどうするか考えてみました。第1案としては,「全部の直線に名称を与えてしまう」ことです。上底・下底・高さ以外に「左斜辺」「右斜辺」などと全てに名前を付け(上底は「蓋」にしたい。),自力解決後に必要な要素を探る中で,
「この辺は必要ないね。」
という言葉を引き出したいと考えました。
第2案は,「底辺」と「高さ」だけ与え(あるいは上底と下底),同様の活動をする中で,
「この辺も必要になってくるよ。」
という言葉を引き出したいと考えました。
私のアイデアは,「条件過多」か「条件不足」にすることで,「どの長さが必要なのか」を見つけようとするものです。面積を公式化する場面というのは,最終的に出来上がった「公式」だけでなく,「何によって面積が決定しているのか」を捉えさせることも重要だと考えているからです。
ただ,公式化は「用語」を与えなければできないかと言われるとどうでしょうか。ひし形の面積を公式化するとき,先に「対角線」を与えることはちょっと考えられないでしょう。もし今度実践の機会があったときに,この「代案」を採用するかどうかは不透明といわざるを得ません。しかし,「特徴的な実践」は,見る者にこのような思考の機会を与えてもらえます。研究発表も研究授業も,「主張が大切」ということの裏付けではないでしょうか。
