事務局の仕事として「研究主題」を設定するための「事前検討会」があります。正式には1月末の「支部長会」で決定するのですが,その日のための事前検討をするのが目的です。これまでは,3学期が始まってから行っていたのですが,それでは参加しにくい,ということで冬休み中にやることになりました。主題案を出す先生には,時間が少なくなってしまい,負担をかけてしまいますが,その分若い先生方に勉強の機会を作ることができます。
さて,今年は,去年の主題を引き継いで修正をする「マイナーチェンジ」の年です。なので部分的に加筆された部分を検討します。その加筆された文言の一つとして,
「自力解決の時間を保証し…」
というものがありました。多くの参会者の方々は,一つの危惧を持っているようです。それは,
「問題解決学習はまだまだ浸透していない。教師が教え込んで,子どもはその練習をするだけの授業が多い。それでは子どもたちの,思考力や表現力は育たない。」
ということです。その結果,
「少しでも自力解決の時間を取って,子どもたちに考える時間を与えてやってほしい。」
という思いになり,先の文言が付け加えられているのです。
気持ちは分かります。言っていることも正しい現状があるでしょう。しかしあえて私は苦言を呈しました。
「自力解決の時間の保証,といってしまうと,では何分くらい必要なのでしょうか,など形式的なことになってしまうような気がします。自力解決が2分,自力解決がバラバラに3分ずつで9分,自力解決がまとまって15分,自力解決が授業の後半以降に表れる,自力解決がない,などはその授業のねらいによって様々なはず。それを画一的にとらえてしまうおそれがある。」
と,日頃から考えていることを述べ,時間ではなく「自力解決の場の充実」などとする代替案を出しました。(本当はそれも言いたくなかった。)
「充実」の中には,「時間をしっかりとる」「必要ないから時間をとらない」など,目的に応じて最適の活動を選択することが含まれていると強調しました。実際の「主題」がどうなるかは分かりませんが,「県の部会」という公の場(指導主事も同席している)で,「自力解決」の問題点が話し合われたのは初めてです。主張が全面的に通ったわけではありませんが,少しずつ「懐の広い」算数授業が増えるために,「闘って」いきたいと感じさせられました。
さて,今年は,去年の主題を引き継いで修正をする「マイナーチェンジ」の年です。なので部分的に加筆された部分を検討します。その加筆された文言の一つとして,
「自力解決の時間を保証し…」
というものがありました。多くの参会者の方々は,一つの危惧を持っているようです。それは,
「問題解決学習はまだまだ浸透していない。教師が教え込んで,子どもはその練習をするだけの授業が多い。それでは子どもたちの,思考力や表現力は育たない。」
ということです。その結果,
「少しでも自力解決の時間を取って,子どもたちに考える時間を与えてやってほしい。」
という思いになり,先の文言が付け加えられているのです。
気持ちは分かります。言っていることも正しい現状があるでしょう。しかしあえて私は苦言を呈しました。
「自力解決の時間の保証,といってしまうと,では何分くらい必要なのでしょうか,など形式的なことになってしまうような気がします。自力解決が2分,自力解決がバラバラに3分ずつで9分,自力解決がまとまって15分,自力解決が授業の後半以降に表れる,自力解決がない,などはその授業のねらいによって様々なはず。それを画一的にとらえてしまうおそれがある。」
と,日頃から考えていることを述べ,時間ではなく「自力解決の場の充実」などとする代替案を出しました。(本当はそれも言いたくなかった。)
「充実」の中には,「時間をしっかりとる」「必要ないから時間をとらない」など,目的に応じて最適の活動を選択することが含まれていると強調しました。実際の「主題」がどうなるかは分かりませんが,「県の部会」という公の場(指導主事も同席している)で,「自力解決」の問題点が話し合われたのは初めてです。主張が全面的に通ったわけではありませんが,少しずつ「懐の広い」算数授業が増えるために,「闘って」いきたいと感じさせられました。
