
画用紙で部屋を作り,磁石を人間に見立てて置いていくと誰かが,
「あー,この部屋は窮屈そうや。」
と言ったので,早速その言葉を使って「きゅうくつな部屋はどれかな。」と課題設定しました。そして人数か広さのどちらかがそろっている比較を行っておきます。そうしていよいよ人数も広さも違う部屋を比べていきます。

「どっちも余った畳の数が2枚で同じだから。」
というものです。8割の児童がこれに納得しています。さらに別の児童が,「ほとんど同じことだけど。」と言いながら,
「6÷4=1あまり2」「8÷6=1あまり2」という式を発表してくれました。なるほどあまりの考え方はこの式で表現されています。後で使える発言ですのでしっかり板書しておきます。

「一人がどのくらいの畳を確保できるか考えたらいいと思う。」
という鋭い発言が出てきました。これに重ねるように,
「あまりにするんじゃなくて,全部公平に分けたらいいと思う。」
という言葉も出てきました。その意味を小集団で考えていきました。

「その考えは分かるけど,余りの考えだと同じになるから訳が分からなくなってきた。」
と言うのです。なるほど子どもというのは場面とアイデアをすっきり1つにとらえきれない面があるのだと思います。


「Aの部屋が1.5に見えますか。」と尋ねます。うなずく児童が8割。「Bの部屋が1.33に見えますか。」に対しては「何となく。」と答えるなど4割ほどの理解。
続いて商を分数で表します。「Aの部屋が6/4で3/2で1と1/2ですが見えますか。」に対して8割が納得。「Bの部屋が8/6=4/3=1と1/3に見えますか。」の場面で「おーっ。」という強い感嘆詞。ただし理解は7割ほどか。
解法の一般化や「単位量」などの言葉も全く出ない1時間でしたが,導入としてはこんなものでしょう。1問やそこらで構造が見抜けるはずがありません。次時以降が大切ですが,式とその解の表現方法によって見えてくるものがある不思議さは味わえたのではないかと思っています。