今度の日曜日にマムゼルで歌わせてもらいます。知ってる顔ぶれも初めてお会いする方も、今からとても楽しみです。
《あなたのオリジナルを聴かせてください》という文句が、なんか、とても新鮮に響きました。こんな風にあらたまって、自作歌で1ステージをお願いします、と言われると、おお、しっかり聴いてもらわなければ、と、ちょっと背筋が伸びるような気持ちになります。

今回は他の演者さんも当然ながら、その方の作った歌を歌うわけです。誰の歌でもない、その方の歌を。では、せっかくならマシスも《この人の歌、面白いね》と言ってもらいたい欲が出てくる。何を歌いましょう?


そんなことを考えていて思い出したのですが、


子供の頃より、いつ誰に聴かせるあてもない歌をひとり作っていた僕ですが、第三者に自分で作った曲を初めて聴かせた、ってのは、ひょっとしたらこの歌だったかもしれません。

(思いついて突発的に録音)

↑動画の字幕で説明してますが、もう少し詳しく。昔むかし、僕が当時通っていた中学校にて、ある日突然、


《生徒会の歌を作ろう》


という企画があがったのです。


まずは歌詞を生徒に募集して、選ばれた歌詞を発表し、さらにそれに付ける曲を生徒に募集する、といった話。だったのですが、


後で聞いた話、歌詞の募集の時点で作品の集まりが悪くって、いきなり企画頓挫の危機。


で、かわいそうにも生徒会の役員ががんばって歌詞を書いて、集めた歌詞の中から、先生が手を加えて、歌詞は完成。

さて、今度は曲が集まらない。

そのうちに、ブラスバンド部の部員や、選択授業で音楽を取っていた生徒にも《曲を付けてみない?》と音楽の先生より話が直接回ってきました。

そうなると、もともと僕は自作歌に興味があった人なので、あのー、なら、やってもいいですか?、とサッと作って、主旋律のメロディを譜面に書いて、コソッと応募しました。


そしたら後日、先生が僕のとこに来て、譜面をヒラヒラ、これはどんな感じの曲?と聞いてきたのです。


面と向かって、まさかそんな恥ずかしいことを聞く?歌って聴かせるなんてとても出来ないので、音楽室のオルガンで、メロディを(片手で)弾いて聴いてもらいました。


先生は笑顔で、《うーん、これじゃフォークソングだね》と仰りました。要はダメだということ。


結局これも、先生が作ったものが正式に採用されて、なんとか生徒会ソングが完成したのです。正直、正規のメロディはまったく覚えてません。


僕が作ったヤツの方がなんぼか良いや、と生意気にも当時は思ってましたが、、今聴くと、いろんな曲の影響がわかります。出だしなんか「君の朝」(岸田智史)っぽい。


これを日曜日に歌うかはわかりません。多分やらない。笑い話にはなりますけどね。何を歌おうかと選曲に迷うのも久しぶりで、楽しみなのです。


はっきり覚えてるのが、僕がお客さんを前にして初めて歌った自作歌は「悪びれずはばからず」でした。1994年3月、磐田のFMステージでのことです。「悪びれずはばからず」は今でも歌いますが、あすとらのナンバーなのでずいぶん歌ってないな。



最初に作ったオリジナル歌は?と聞かれたら、「悪びれずはばからず」だ、と近頃は答えるようにしてます。正確にはもっと前より作ってましたけど、ショボいのも含めるとどれがいつの何やら覚えてない。作った時に初めて、これなら人に聴かせてもいいや、と、そこそこ満足できた歌が「悪びれずはばからず」でした。20歳か21歳の頃でした。


「悪びれずはばからず」の動画がないので、あすとらの別の動画を。

「ミルククラウン」

ふと見る目に何が浮かぶ
朝の光とこぼれるタメ息
もう 悲しくはないと
つぶやく気持ちと
うらはらの葛藤

ざわめき静まらぬ心
待っても晴れない雨降りの午後
ただ 胸騒ぎだけが
あふれて消えない
人ごみの雑踏

もう 覚えていなくて
今では すべてが
夢のような出来事

誰も皆よそゆきの顔
どっちつかずの世に降る物語
なぜ くすぶり続ける
あなたの言葉を
かみしめる そっと

何もかも夢のまた夢
降ってもやまない窓辺の粉雪
ただ 音もなくすべて
流れて消えてゆく
小さな結晶

もう 覚えていなくて
今では すべてが
夢のような出来事

1995/11/21 1:45

「ミルククラウン」これも気に入ってる歌です。録音は僕一人で演ってますが、ステージではコーラスの掛け合いを相棒と二人で分けてやって、演っていてとても楽しいナンバーでした。



マシス